創業300年の長寿企業に学ぶ経営(その1)では、長寿企業から学べるポイントとして、「身の丈経営」について解説しました。
私は、令和の時代においても、VUCAの時代においても、超長寿企業から学ぶべき点はたくさんあると考えていますが、第二回目は、神事、祭事を大切にするガバナンス、そして地域を大切にする経営を見ていきたいと思います。
神事、仏事、祭事を大切にする
さて、「神事、祭事を大切にする」という言葉から、どのようなことが想像されるでしょうか。社内の大切な場所に神棚が設置されている、正月に近くの神社にお参りに行くといったことでしょうか。もちろん、そのようなことも含まれますが、超長寿企業の中には、より深いレベルで、神事、仏事、祭事と向き合い、それが経営上のガバナンスに通じていると解釈できるような事例がたくさん存在しています。
例えば、このようなコメントが、経営者から出てきたことがあります。
「うちは、OB、OGが亡くなるとその物故者法要を50回忌までやります」。
この言葉を最初に聞いた時、正直、私は驚愕しましたが、実施している企業の経営者からすると、当たり前のことすぎて、特段言及する必要もないという感じでした。しかし、現実的には、現代社会において、身内でさえ、50回忌というのはなかなか実施されないのではないでしょうか。
最初の驚き以降、長寿企業へのインタビューをする際には、必ず物故者法要の件を聞くようにしていますが、少なくても3社が50回忌までの法要を実施していました。
各社、今、この瞬間の、この会社の存在、継続を形づくってくださった諸先輩に対する敬意を忘れないようにするための大切な営みを実践しているように感じます。これは、どのような状況に置かれても、コスト削減、経営の効率化といったことの対象にはならない、「重要な何か」なのです。そしてこのような営みが、各社の文化や風土の形成に一定の影響を与えているであろうことは想像に難くありません。
別の側面を見てみましょう。(その1)でも触れた世界最古の企業といわれる金剛組では、今でも、管理職が定期的に聖徳太子にお参りをする儀式が行われるそうです。住友林業では、毎年二月に山の安全などを祈願する山神祭が行われます。定期的に、神事、仏事、祭事の真剣に取り組む企業は枚挙にいとまがありません。
ある大手製造業の課長は言いました。
「99%のところまでは、様々なデータや事実を分析することから、理解し、改善し、安全性などを高めることができるかもしれない。それでもなお、年間に何回かはやはり工場で事故などが起きてしまうことがあるのです。残り1%を埋めるために、工場ごとに神棚があり、定期的に全工員で手を合わせます。それは、ロジックを超えています」。
日本には、「おてんとうさまが見ている」といった言葉がありますが、神聖なものとのつながりの中で、自然とわいてくる自律に基づくガバナンス・システムがここにある気がしてなりません。
ハードに目を向けてみると、日本には、自社の敷地内等に、自社が保有する神社を持つ会社が、多数存在しています。お酒などを製造する企業であれば、それは業種的な影響もあるかもしれません。しかし、パナソニック、花王、ソニー、オリンパスといった先端的な技術を扱うような企業にも、多数自社神社が存在しているのです。もしかすると、この記事を読んでくださっている方の本社の屋上などにも神社が存在しているかもしれません。
では、いったい、何のために、このようなことをしているのでしょうか。様々な意味付け、解釈ができますが、経営トップへのインタビューの中から、私が、頻繁に感じることは、事業に、顧客に、従業員に謙虚に向き合うために、そして心を整えるために、向き合うためのものとして位置付けているということです。
長寿企業はオーナーと経営が一体化しており、ある意味で、トップがすべての権限を有しているケースが多いです。このような場合、言葉を選ばずに表現すれば、なんでもできてしまう状態になります。結果的に、ある一人の経営者が傲慢になり、暴走し始めると、それを止める術がない場合が多いのです。結果的に、経営が立ち行かなくなるというケースもあるでしょう。
このような構造的に不可避な状況を冷静に受け止めた企業の経営者は、「自分自身があらがえない存在」として、神や先祖の存在を意識し、謙虚になるために、神事や祭事に取り組んでいるように見えます。そしてそのような経営者の姿を、従業員が見ることにより、謙虚さが伝播していくのです。
経営者が愛読書に挙げることが多い貞観政要は、唐の太宗の政治に関する言行を記録したものですが、これは、主に太宗と諫言(苦言・提言)を言う部下とのやりとりです。あえて諫言役を置き、耳障りの悪いことを言わせる。経営者の心を正すという意味において、事業所内神社と同じような効用をもたらしているかもしれません。
地域と共存し価値を生む経営
ガバナンスという側面で、次は、地域との関係を見ていきましょう。社会とのかかわりという意味では、これまで企業の社会的責任(CSR:Corporate Social Responsibility)、そして、社会との共存価値を創造していくという趣旨の共通価値創造経営(CSV:Creating Shared Value)の重要性が言われてきました。しかし、超長寿企業を見ていくと、これらとは少し異なる特徴を見出すことができます。
多くの超長寿企業は、社会全体という概念よりも、身近な地域社会とのつながりを大切にし、様々な面で密接に絡み合い、良い意味で、「しがらんでいる」のです。地域はその企業なくして、企業はその地域以外では経営ができないという状況です。つまり、地域と企業が共存する中で、価値を生み出す「コミュニティ共存価値(CCV:Community Coexistence Value)」ともいうべき状態です。
例えば、京都の月桂冠では、「酒造り地域」である伏見に感謝の念を抱きつつ、経営を行っています。具体的には、地域や業界で多数の公職を務め、長い歴史の中で地元に消防署、病院、奨学金などの寄付活動を行い、お金も人も出す形で地域行事を活性化、旧本社を改造して提供し、観光名所化するなどのことを行っています。
当然、行政サイドでは、月桂冠との関係からだけではないと思いますが、京都には、乾杯条例(※1)と呼ばれる日本酒を勧める条例が存在したりします。良い意味で企業と地域が連携し、共存共栄の状態で価値を生み出しているのです。
※乾杯条例:乾杯条例とは、日本の地方公共団体の条例の一つで、宴会でその地方の特産の酒等、主に清酒で乾杯することを勧め、それを市民、自治体、事業者それぞれが促進に努めることを旨として地方自治体で公布した条例の総称である。
このような状態になれば、社会、地域からの信頼や期待も大きくなり、自律が促されるかたちでガバナンスが働くことも容易に想像できます。その地域にいる中で、変なことはできなくなるということです。地域社会の住民からすれば、そのような企業に就職したい思う人も出てくるでしょうし、企業が新しい取り組みを始める場合なども、受け入れてもらいやすくなるでしょう。
これを、感謝と貢献の循環と呼びたいと思いますが、このことは、国外を含め、企業が新しい地域に進出する際に、重要視すべきことなのではないでしょうか。例えば単に人件費が安いからという理由である地域、国に進出し、その国が経済発展を遂げ人件費が高騰すると、また別のところに移動する。こういった経営スタイルを採用することもあるでしょう。しかし、このようなことで、地域の優秀な人材を確保することができるでしょうか。長期にわたり地域としがらみ、地域とともに価値を創造する経営からも学べることはたくさんあるはずです。
田久保 善彦(たくぼ よしひこ) ◎グロービス経営大学院 経営研究科 研究科長/学校法人グロービス経営大学院 常務理事。慶應義塾大学理工学部卒業、学士(工学)、修士(工学)、博士(学術)。スイスIMD PEDコース修了。株式会社三菱総合研究所を経て現職。経済同友会幹事、経済同友会・規制制度改革委員会副委員長(2019年度)、ベンチャー企業社外取締役、顧問等も務める。著書に『ビジネス数字力を鍛える』『社内を動かす力』(ダイヤモンド社)、共著に『志を育てる(増補改訂版)』、『グロービス流 キャリアをつくる技術と戦略』、『27歳からのMBA グロービス流ビジネス基礎力10』、『創業三〇〇年の長寿企業はなぜ栄え続けるのか』、『これからのマネジャーの教科書』(東洋経済新報社)、『日本型「無私」の経営力』(光文社)、等がある。
本記事は「100年企業戦略オンライン」に掲載された記事の転載となります。元記事はこちら。
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