海外富裕層は「資産四分法」? 彼らがアートを買う理由

Untitled' by Jean-Michel Basquiat(Photo by Andrew Burton/Getty Images)


これ以外でも、例えば2017年5月、当時、ZOZOTOWNを運営するスタートトゥデイの代表だった前澤友作が、ジャン=ミッシェル・バスキアの『Untitled』を、事前予想価格をはるかに上回る1億1048万7500ドル(約123億円)で落札して大きな話題になった。

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ジャン=ミッシェル・バスキアの作品「Untitled (Yellow Tar and Feathers)」がオークションにかけられている様子 (2013年11月13日、NY)(Photo by Andrew Burton/Getty Images)

日本人アーティストの作品も、リーマンショック前の2008年5月に、村上隆の彫刻『マイ・ロンサム・カーボーイ』が1516.1万ドル(約16億円)で落札されたが、2019年には奈良美智の絵画『ナイフ・ビハインド・バック』が2490万ドル(約27億円)で落札され、日本人作家作品の落札記録を更新した。

また、2018年10月、バンクシーの『風船を持った少女』が、104万2000ポンド(約1億5500万円)で落札された直後、額縁に仕込まれていたシュレッダーが起動して、絵の下半分が裁断されるという大掛かりな仕込みも行われるなど、アート業界では、値段にまつわる話題に事欠かない。

海外富裕層の投資ポートフォリオは、「含むアート」が常識


それではなぜアートの値段がこれほどまでに跳ね上がるのだろうか。なぜ富裕層はアートを買いたがるのだろうか。これについては色々なところで議論されているので、ここで繰り返すことはしないが、一般的に言われるのは、鑑賞のためではなく投資や節税のためということである。

日本ではバブル崩壊に懲りてアート作品を買わなくなってしまった富裕層が多いが、海外富裕層の場合は、教科書的な「資産三分法」の債券(現金)、株式、不動産に加えて、ポートフォリオに一定程度のアートが入っているのが普通である。

特に、2008年のリーマンショック以降、各国政府が財政出動と金融緩和によって世界経済の崩壊を食い止めたことで超・金余りの状態が長く続いている。これに今回のコロナ対策が加わって、無尽蔵と言っても過言ではないほど、世界中で金が余っている。今の状態をバブルと呼ぶかどうかは別として、これに伴ってアートの価格が非常に高騰していることは確かである。

現代美術の意義は「美」よりも「価値観」へ


富裕層向けの普通の雑誌であれば、こうしたトレンドの市場分析や投資に乗り遅れないための指南が記事になるのだろう。しかしここでは、そうした凡百な話ではなく、別の角度からのアートのあり方について書いてみたいと思う。

「美とは何か?」については、歴史上さまざまな議論がなされてきた。例えば、古代ギリシアの哲学者プラトンの「イデア論」に代表される古典美学においては、人間にとって永遠不変な「美の本質とは何か?」という理念が追求された。

これに対して近代美学では、「美的なものとは何か?」という我々の感性によってとらえられる経験論的な現象としての美、つまり個々人の意識に映ずる「美的なもの」が追求されるようになっている。

大陸合理論とイギリス経験論を調停したと言われる哲学者カントは、その第三の批判書『判断力批判』において、人間が物事の美醜を判断する「美的判断」は、快楽を基準とした個人の趣味(感覚的判断)によるものだと考えた。つまり、ある物を美しいものと知覚するのは、対象の性質を認識して理解するからではなく、自身の快楽をもたらすからであると考えた。そして、「美的判断力」を普遍と個を媒介する重要な要素と位置づけたのである。
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文=堀内勉

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