どんなジャンルでもあることかもしれないが、マニア層は得てして「本場」至上主義に向かいがちだ。一方、中国由来のラーメンが国民食になったことに象徴されるような「日本インスパイア系(海外発の料理が日本で現地化し、本場をしのぐまでに発展すること)」至上主義も現れてくる。
でも、人の好みはそれぞれ。本場四川の麻辣もあれば、日本人向けにアレンジされたインスパイア系もあっていいと筆者は思う。実際、個性の異なるさまざまな麻辣食品が各社からこれほど提供されているなかで、誰もが自分の好みで麻辣を選んで楽しめるようになることが重要だというわけだ。
本場の味に近づけようとする動き
麻婆豆腐部門でグランプリを受賞した「古樹軒オリジナル麻婆豆腐」の選考理由について菊池さんは次のように話す。
「麻辣度はそれほど高くはないが、審査委員長の陳建太郎氏が『バランスなど、どまんなか!』と評価したように、すべての基本ができているので、一般の方も四川の本場の味を感じられる。そして、麻辣好きの方はちょい足しでさらに麻辣を追加できることが大きかった」
麻婆豆腐部門では、他に比べ、麻辣抑えめ、日本ローカライズした製品が多かった
実を言うと、筆者は麻辣料理が得意ではない。花椒が入った料理をひと口食べると、すぐに発汗し、額から汗がこぼれ出るのだ。また四川火鍋を食べると、汗でタオルがグショグショになるほどだ。しかし、ほどよくバランスの取れたシャープなしびれは新鮮で、また口にしてみたいと思ってしまうから不思議なものだ。
よく知られているように、日本の麻婆豆腐は、1960年代、四川省出身の調理人で、今回の審査委員長の陳建太郎氏の祖父にあたる陳建民さんが日本人の口に合わせて麻(しびれ)を抑えた味つけにして広めたものだ。その後、1970年代になると、各食品メーカーが麻婆豆腐の素を製品化し、食卓にも広まった。とはいえ、これは今日の麻辣ブームの味つけとは別物だ。
審査委員長の陳建太郎氏
中国発の料理が海外に伝播し、現地化していくのは、日本に限ったことではない。山東省生まれの炸醤麺(ジャージャー麺)と韓国のチャジャンミョンの味が違うのは有名だし、東南アジアでも中国由来の料理がココナッツミルクなどを加えた現地の味つけに変わっている例は挙げればきりがない。
こうしてみると、2010年代の麻辣ブームでは、いったん現地化(日本化)していた料理の味を、元の本場である四川の味に近づけようと、日本の人たちによって揺り戻されて引き起こされたといえる。そこには人々の味覚の嗜好にどのような変化があったのか、さらに深く考えてみたいと思っている。
連載:東京ディープチャイナ
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