「イノベーションをもたらす優れたアイデアを絵に描いた餅で終わらせない」が信条のブリックマンは、資金を集めにくい女性やマイノリティの社会起業家を支援するワシントンD.C.の「ハルシオン・インキュベーター」にも専用ファンドを設けている。同インキュベーターは、米フォーブスの「自力で成功した米女性版長者番付50」に選ばれた久能祐子が創業。ブリックマンは、黒人男性起業家の米メドテック「ARMR Systems(アーマー・システムズ)」など、ハルシオン発のスタートアップ6社に投資してきた。
そもそも、社会的インパクトと利益の両立という彼女の投資思考はどのように形成されたのか。「志を同じくする投資家と交流を深め、学び合い、情報を共有することで確立した」(ブリックマン)。
彼女が、自分の投資哲学を体現していると感じるリシンクのアブラムソンやパテール、ブラックスターのアンクが、その代表だ。この3人は「世界を変え、救いたい」という思いに突き動かされながらも、「利益という絶対的レンズ」を通して投資先を見極める。ブリックマンと同じだ。コミュニティ活動家だった祖父母や両親による影響も大きい。両親からは、「コミュニティを支援し、その一員として貢献する義務がある」という考えを教え込まれた。
リシンクもブラックスターも「利他的」であり、時間やテックなどの専門知識、人脈など、お金以上のものをスタートアップに投資し、深遠な方法で起業家と協働する。ブリックマンによれば、その一方で、優れた投資家は一歩引いて投資先企業を見守り、リーダーを信頼して任せる。
また、21世紀の投資家は、企業がESG(環境・社会・企業統治)の点から独自の重要業績評価指標(KPI)を設定し、目標達成度を示すような流れをつくる責任があるという。投資家自身も、投資先企業のダイバーシティ達成度を数値で把握し、「自らの投資哲学を忠実に遂行する責を負っている」(ブリックマン)。
女性リーダーを後押しし、社会を変えようと意気込むブリックマンの投資哲学は、25歳を筆頭に23歳、19歳という3人の娘にも大きな自信を与えている。彼女らは女性の起業家や投資家の成功を目にし、「男性と同じように何でもできる」と信じてやまない。16歳の長男にも、「ジェンダーはさほど重要でないという考えの下で、いずれ世界に貢献する日がくるだろう」と、ブリックマンは期待を込める。
コロナ禍で低所得層が深刻な打撃を受け、休校により、女性が子どもの世話で離職を余儀なくされたことに胸を痛めるブリックマン。投資で世界を変えるという彼女の使命感は高まるばかりだ。
パトリス・キング・ブリックマン◎メリーランド州在住のベンチャー投資家。2015年1月より、インスパイア・キャピタル創業者、マネジングディレクター。ウイ・キャピタルのパートナーや慈善団体「ブリックマン・ファミリー財団」専務理事などを兼任。複数のNPO理事も務める。主な関心は貧困・ホームレス問題など。