ビジネス

2021.12.17

インパクト投資に不可欠な視点。善行は3倍の「純利益」を生む

パトリス・キング・ブリックマン

ジェンダーに貧困、人種問題。社会課題解決に心血を注ぐパトリス・キング・ブリックマンだが、すべての投資先は、意外にも「利益」というレンズを通して見極められている。


「『善行と利益を両立させる』。これが私の投資戦略だ」

米国東海岸のインパクト投資家、パトリス・キング・ブリックマンはPC画面の向こうで、そう静かに話す。全米屈指の富裕層地域として知られる、ワシントンD.C.近郊のメリーランド州ポトマック市に住むが、謙虚で温かい人柄が印象的だ。

ブリックマンはVCファンド「Inspire Capital(インスパイア・キャピタル)」の創業者、マネジングディレクターとして、ジェンダーや貧困などの問題に取り組む、世界を変えるようなスタートアップに800万ドル超を投じてきた。今年末までに、あと200万ドルをつぎ込む予定だ。8〜10倍のリターンを期待できる投資先企業もある。

彼女によれば、有望なスタートアップは、そのリーダーを見ればわかる。世界の問題に対し利他的な解決策を見出し、自社の使命に情熱を注ぐ一方で、「利益」というレンズを通して考えることができるリーダーかどうか、だ。

ブリックマンの持論では、インパクト投資は、金銭的リターンやコミュニティへの貢献に加え、スタートアップにもプラスのインパクトをもたらし、3倍の「純利益」を生む。企業理念と利益の実現という新フロンティアに挑み成功することで、起業家自身も成長できるからだ。

米国でも深刻な女性起業家の資金不足


彼女が心血を注ぐのが、女性起業家への投資だ。米国でも、VCが投資する企業のうち、女性が率いる会社は全体の数パーセント。VCに占める女性の割合もひとケタだ。「女性は、理不尽なほどの資金不足に直面している」(ブリックマン)。

ワシントンD.C.の女性投資家15人以上が集うVCコンソーシアム「WE Capital(ウイ・キャピタル)」に彼女が加わったのも、女性起業家が率いるスタートアップへの投資を促進させるためだ。

ブリックマンの投資先のなかでも特に有望なのが、インスパイアを通じてLP出資している「Rethink Impact(リシンク・インパクト)」だ。女性が経営するニューヨーク市近郊のVCファンドで、創業者でマネジングディレクターのジェニー・アブラムソンと、同じくマネジングディレクターのハイジ・パテールが運用するリシンクは、リターンの点で男性投資家による収益一辺倒のファンドを上回ることが多い。医療や環境などの問題を「リシンク(再考)」し、テックを駆使して世界の難題に挑む女性起業家を投資で支援する。アブラムソンは昨年、米フォーブスの「米インパクト投資家トップ50」に選ばれている。

ブリックマンがリシンク経由で投資している企業には、評価額10億ドル超の未上場スタートアップ「ユニコーン」もある。社会人向け米エドテック「Guild Education(ギルド・エデュケーション)」だ。同社は今年5月、米CNBCの「ディスラプター(創造的破壊企業)50」リストで49位にランクインした。ウォール街の大物、サリー・クローチェックが創業した女性向けロボアドバイザー「Ellevest(エルベスト)」や、シリコンバレーの医療分析データ企業「Evidation Health(エビデーション・ヘルス)」も成長株だ。

ブリックマンの関心は女性起業家にとどまらない。2020年5月、白人警官による黒人男性暴行死事件を契機に、コロナ下で米国社会が人種問題に「覚醒」したことで、マイノリティ起業家への投資にも、さらに熱心になった。クワミ・アンクCEO兼会長が運用し、成功を収めているカリフォルニア州の「ブラックスター・ファンド」に投資。その投資先であるビーガン向けクッキーメーカー「Partake Foods(パーテイク・フーズ)」や、仮想現実エンターテインメント配信ベンチャー「Ceek(シーク)」の今後に注目している。
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文=肥田美佐子 イラストレーション=山崎正夫

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