Forbes JAPANでは、100年企業戦略オンラインが発信する100年企業に関するインタビューや記事を転載していく。今回は、グロービス経営大学院 経営研究科 研究科長の田久保善彦が、創業300年の長寿企業の経営について語ったインタビューの前編を掲載。事業継続のための「身の丈経営」の重要性について言及する。(本記事はボルテックス100年企業戦略オンラインに掲載された記事の転載となります。)
日本は長寿企業大国
「うちの会社は大阪夏の陣のころに出来たんだよね」
「OB,OGの50回忌法要までやっています」
「会社の神社があります」
このような話が、あたかも普通のことであるかのように出てくる、創業300年企業。300年の歴史を刻む企業にはどのような秘密があるのでしょうか?
日本には創業100年を超える、いわゆる長寿企業が極めて多く存在しています。帝国データバンクなどのデータによると、2019年現在、その数は33,000社を超え、第二位の米国の19,400社程度に大きな差をつけ、全世界100年企業の41%程度を占めています。創業200年となると、さすがに数は少なくなりますが、それでも1,300社以上が存在し、全世界の65%を占めるに至ります。文字通り日本は長寿企業大国なのです。
ちなみに、世界最古の企業とされているのは、西暦578年創業の金剛組。金剛組は聖徳太子の命を受け、百済から招かれた工匠の一人が創設し、大阪の四天王寺の建設に携わったのが最初とされています。
このような日本の実情を受け、様々な機関で長寿企業に関連する研究は盛んに行われ、関連書籍なども多数存在しています。
その要因としてしばしば考察・指摘されることは、「歴史的要因」、「文化的要因」の2つです。
歴史的要因としては、「日本は極東の島国で、鎌倉時代に元寇を経験するが、それ以降、他国から侵略されにくかった」「第二次世界大戦後、7年間占領下に置かれるが、大規模な財産没収などには至らなかった」などが挙げられることが多いです。
文化的要因としては、「農耕を基盤とした質素倹約、勤勉性などが広くいきわたっていた」「古来より、血縁より家を大切にする文化があり、子供に恵まれない場合でも血縁にこだわらず養子制度で対応してきた」「特に江戸時代は、読み書き算盤の教育水準が高かった」などが指摘されます。
創業200~400年の企業に関する議論をする際には、確かにこの2つの要因は大きいでしょう。しかし、長寿企業に関する考察を、環境条件であるこの2つだけで終えてしまうと、経営に関する光が当たらずじまいとなってしまいます。当然のことながら、創業100年、200年、300年となる前に、世の中から消滅した企業の方が圧倒的に多く、生き残っている企業の経営上の工夫の共通点も見出すことができるはずです。
私が教鞭を執るグロービス経営大学院で数年前に、創業300年以上の歴史があり、売り上げが50億円程度以上の企業に、「日本型サステナブル企業」と名付け、経営上の特徴についてリサーチを行いました(『創業三○○年の長寿企業はなぜ栄え続けるのか』(東洋経済新報社) https://www.amazon.co.jp/dp/B00NS9KVEK/)。最近は、地球環境問題、カーボン・ニュートラルの文脈で「サステナブル」という言葉が使われることが多いですが、文字通り一定の規模の企業が持続的に運営されているという意味でこのネーミングとしました。
当時、この条件に適合する企業は70社存在しており、詳細な聞き取り調査の結果、いくつかの特徴を抽出することができました。
2回にわたり、そのポイントを見てきたいと思いますが、今回は「身の丈経営」について解説していきます。
平時も有事も事業継続のために、「身の丈経営」にこだわる
長寿企業を語る時によく出てくるキーワードの一つが、「身の丈経営」です。まさに、自らの実力にあった経営をするという意味ですが、日本型サステナブル企業の中身をよく見てみると、様々なポイントに分解して、議論・考察することができます。
・本業重視の事業成長
身の丈経営の一丁目一番地は、「平時には、本業重視の事業成長を実践する」ということです。バブル経済の時代以降、日本では盛んに「選択と集中」という言葉が使われるようになりましたが、それを超えて、「選択と捨象」を長年実践しているイメージです。
例えば、名古屋にある商社の岡谷鋼機は、300年を超える長い歴史の中で、官事業の民間払い下げといった、収益が上がることが確実な、ある種おいしい状況になったとしても、自社の強み、価値観と合わない場合は、それになびくことなく瞬間的な判断で断るといったことを実践してきました。長期間にわたり自社の強みにフォーカスし続けるということは、明確に自社の強み、コアとなる力を理解しているということの証左でもあります。
・長期視点に立った新規事業への挑戦
先のポイントを指摘すると、やはり長寿企業は保守的な経営なのか、とお考えになる方かも多いでしょう。実はそうでもないのが、もう一つの「身の丈経営」の特徴です。これらの企業は、平時には「長期視点」で新規事業(あえて今風に書けばイノベーション)に取り組んでいる場合が多いのです。長寿企業の代表格の一つである月桂冠は日本で初めてカップ酒を作り、最近の健康ブームの中、糖質ゼロの日本酒の開発・販売にも成功しています。
お酢で有名なミツカンホールディングスは日本マクドナルドが銀座に第一号店を出したのと同じ1971年に、ハンバーガーショップを出店する(その後、撤退)といったチャレンジをしていたことはあまり知られていないかもしれません。
ここでのポイントは、成長の数字そのものを競うように目的化するのではなく、あくまで企業を継続すること目的とし、その可能性を模索し、少しずつ事業の幅出しするようにチャレンジするということです。また、そのチャレンジが本業に対する致命傷にならないようにコントロールしていることも大切な点です。寒天で有名な伊那食品工業には「年輪経営」という言葉がありますが、「急速に成長するとそこは細胞がスカスカになり弱くなる。毎年あえて少しずつ成長する。年輪は詰まっているほうがよい。」このような概念の経営です。
日本型サステナブル企業の経営者へのインタビュー中で、「継続するために、伝統を大切にするために、変化し続ける」という趣旨の言葉が共通的に語られたことは、非常に印象的でした。
・有事の際は、大胆に動く
次に有事の際の動き方を見てみましょう。300年以上の歴史があるということは、創業は江戸時代以前となります。長く続く封建時代を経て、明治維新、日清戦争、日露戦争、関東大震災、第二次世界大戦、バブル崩壊、阪神淡路大震災、東日本大震災、そしてコロナ禍と数々の苦難を乗り越えてきた裏側には何があったのでしょうか。
比較的多くの日本型サステナブル企業が、ファミリービジネス(つまり所有と経営が一致していることが多い)であることもあり、危機時には、これも継続のための執念を燃やし、大胆な意思決定・投資などを行うのです。
例えば、2000年代初頭、牛肉小売りなどが主力事業の柿安本店は、2001年に勃発したBSE(牛海綿状脳症)問題で、国産牛肉が全く売れなくなり、事業が立ち行かなくなる中、従業員は解雇しないことを宣言しつつ、デパ地下での総菜販売などに大きく舵を切り、その後の社業の発展につなげました。まさに大胆な方向転換です。
最近の有事といえば、東日本大震災の際にも、大胆な経営判断を行った地域密着型の長寿企業の事例には枚挙にいとまがありません。
しかし、このような大胆な意思決定も経営も、先立つものがなければ実行することはできません。そのためには、経営の独立性を保つための資本構成を維持したり(岡谷鋼機は上場企業ですが、かなりの比率を安定株主が占めるような構成になっており、経営の安定性を確保しています)、危機に耐えられる財務力を維持することに、十分な配慮をしている企業が多いのも特徴です。また、よく言われることですが、質素倹約の経営は、日本型サステナブル企業のお家芸といっても過言ではありません。
このほかにも、特筆すべきことはありますが、令和という時代においても、超長寿企業から学ぶべきことはたくさんあるのではないかと思います。次回は、価値観をつなぐ、神事・祭事を大切にするという話をしてみたいと思います。
田久保 善彦(たくぼ よしひこ) ◎グロービス経営大学院 経営研究科 研究科長/学校法人グロービス経営大学院 常務理事。慶應義塾大学理工学部卒業、学士(工学)、修士(工学)、博士(学術)。スイスIMD PEDコース修了。三菱総合研究所を経て現職。経済同友会幹事、経済同友会・規制制度改革委員会副委員長(2019年度)、ベンチャー企業社外取締役、顧問等も務める。著書に『ビジネス数字力を鍛える』『社内を動かす力』(ダイヤモンド社)、共著に『志を育てる(増補改訂版)』、『グロービス流 キャリアをつくる技術と戦略』、『27歳からのMBA グロービス流ビジネス基礎力10』、『創業三〇〇年の長寿企業はなぜ栄え続けるのか』、『これからのマネジャーの教科書』(東洋経済新報社)、『日本型「無私」の経営力』(光文社)、等がある。
本記事は「100年企業戦略オンライン」に掲載された記事の転載となります。元記事はこちら。
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