157センチと178センチ、ともにダンス
その数週間前にも、ワシントンのホワイトハウスでレーガン大統領が開いたパーティで、ダイアナ妃はダンスを披露して客たちを喜ばせている。このときは、ジョン・トラボルタの主演映画『グリース』のサントラ曲に合わせて、トラボルタ本人とフォックストロット(社交ダンスの一形式)を踊った。トラボルタは後年、このダンスを人生で最も素晴らしい出来事のひとつだと語っている。
しかし実のところ、アメリカのマスコミに「ディスコクイーン」と呼ばれていたダイアナ妃のほうは、別のダンスパートナーを期待していたらしい。当時、世界で最も有名なバレエダンサーだったミハイル・バリシニコフと踊ってみたかったのだ。
1985年、ジョン・トラボルタと踊るダイアナ妃(11月9日、ホワイトハウスにて。Photo by Pete Souza/The White House via Getty Images)
ロイヤル・オペラ・ハウスのクリスマス公演では、相手はバリシニコフではなかったが、ロイヤル・バレエ団のプリンシパルと一緒に踊ることが実現した。パートナーとなったイギリス人のウェイン・スリープは、身長157センチと小柄だが、バレエ界で高く評価されているダンサーだ。振り付けは、一流の振付師だったフレデリック・アシュトン、ケネス・マクミラン、ルドルフ・ヌレエフが手掛けた。ウェイン自身はダイアナ妃からの依頼に有頂天になったが、彼女の落ち着いて堂々としたダンスを、プロとしてこう評価している。「とても音楽的でした」。背の低いウェインと、背の高いダイアナ妃が、ビリー・ジョエルのヒット曲「アップダウン・ガール」で踊ったというわけだ。曲はダイアナ妃自身が選んでおり、のちにウェインに送った葉書には「あなたのアップダウン・ガールより」とサインしている。
Diana, Princess of Wales - Dancing “Uptown Girl” [The Crown Scene]
「夫に頭は下げません」
バレエとジャズとカンカンの混じったダンスは、観客を驚かせた。ダイアナ妃が肩を出した白いドレスで舞台に立ち、キャバレーのダンサーにも負けないほど高々と足を上げている光景を見て、観客は当初は目を疑っていた。ダイアナ妃は夢中で踊っていた。ウェインは、未来の英国王妃を支えきれずにうっかり落としたりしたらどうしようかと心配だったが、ダイアナ妃本人は喜びいっぱいで、アンコールにも応じる気があったほど。
しかし、チャールズ皇太子が座るロイヤルボックスのほうには、一度もおじぎをしなかった。ロイヤルボックスにおじぎをするのは昔からの伝統だが、ウェインが促したとき、ダイアナ妃は「夫に頭は下げません」と短く答えたという。
チャールズ皇太子が何を考えていたかはわからない。だが、未来の英国王妃がタイトなドレスに身を包み、舞台でスポットライトを浴びて、ボブ・フォッシーのようなスタイルで踊る(ボブ・フォッシーはアメリカの振付師で、扇情的なダンスを数多く作り出した)光景は、保守的な皇太子の好みではなかったのだろう。公演後のアフターパーティで皇太子が苦い顔をしていたのを、ほかの客たちは気づいていたという。