スケーターからプロボクサーへ。闘う姿勢を崩さない「トーニャ・ハーディング」という生き方


ズケズケした物言いの母ラヴォナといい、気弱のくせにすぐに手が出るジェフといい、殴られてやり返すトーニャの気の荒さといい、彼ら労働者階級のガサついた日常と、フィギュアスケートの優雅で芸術的なイメージとは水と油だ。

技術点は高くても芸術点が伸びないトーニャは、陰で「労働者 on Ice」などと陰口を叩かれ、スポンサーがつかないため衣装は自作、ホームセンターでのバイト生活が続く。

そのハンディを跳ね返すように、外界に対して常に強気で、納得がいかなければ審査員にも食ってかかり、幼少時から彼女を見守ってきたコーチのダイアンにすら暴言を吐くダーティ・ヒロインを、この映画は時に皮肉やユーモアを込め、絶妙な距離感で描き出していく。

ジェフと結婚し練習に全精力を注げることになったトーニャは、全米選手権でトリプルアクセルを成功させ「スケート・アメリカ」の称号を得るが、一方で幸せだったはずの私生活がみるみる破綻していく過程は、ジェットコースターのようだ。


(c)2017 Al Film Entertainment LLC

一旦決裂したジェフとよりを戻してしまうトーニャの弱さは、幼い頃、優しかった父親に見捨てられた心の傷から来るものなのかもしれない。一方、アルベールビルオリンピックでの大失敗を顧みる現在のトーニャの「自分のせいじゃない」という言葉は、不遜そのものだ。しばしば開き直る態度には太々しささえ漂っている。

だが、全米スケート協会が、トーニャのような“上品”ではない出自の型破りの選手に対していかに冷淡かがだんだんと見えてくる時、自分を崖っぷちに追いやる世間への彼女の拳の硬さに、共感せずにはいられなくなる。

トーニャを演じるマーゴット・ロビーの目力の強い顔立ちと鍛えられた体躯は、氷上を舞う場面でも常に誰かと戦っているかのようだ。

暴力が日常にあったトーニャの風評を決定的なものにしてまったのが、ケリガン襲撃事件である。

ジェフの友人ショーンがその重要な役を担うが、常に何か食べているこのだらしなく太った男の異常性は、終盤になるほどじわじわと浮かび上がってくる。襲撃計画のあまりの間抜けさと本人の誇大妄想ぶりには、乾いた笑いが漏れるほどだ。

事件が発覚し、マスコミに追われ、世間からバッシングされ、母ですら真の味方ではないことを知らされる中で迎えたリレハンメル。私たちがかつてテレビで見たあの驚くべき場面も、こうして見るとすべての歯車が狂っていった結果だったのだなと感じられる。

「愛され、嫌われ、笑われ、世間に虐げられた」とあけすけに過去を語りつつ、最後までファイティングポーズを崩さなかったトーニャ。彼女にとってはフィギュアスケートも最終的に選んだボクシングも、体を張って世の中と戦うための手段だったのかもしれない。

連載:シネマの女は最後に微笑む
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文=大野 左紀子

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