揺れる列車の中、地上とは異なる限られた厨房設備の中でも、成澤氏がこだわるのが、通常のレストラン同様、できる限りアラミニッツ(フランス語で、できたての意)で提供すること。「もちろん、事前に準備しておいた方が提供は楽。でも、妥協のない、出来立てのおいしさを楽しんでほしい」と考えた。
これに応えるのが、ホテルオークラJRハウステンボスから選び抜かれ、NARISAWAでも研修を重ねた厨房スタッフたちだ。
例えば、熊本県の車海老と佐賀県の鶏肉「みつせ鶏」を使った前菜のサラダ。野菜類は鹿児島県の樽熟成した黒酢のジュレとその場で和え、カクテルグラスに盛り付ける。盛り付けられたまま冷蔵された前菜とは、もちろん、鮮度も温度感も格段に異なる。
また、まだ若いパティシエは、揺れる車内でも、小菓子の一口タルトのクリームを美しく絞り出す。そんな手仕事は、釘一つ使わない福岡県の伝統工芸である大川組子を壁にあしらうなど、日本の伝統的な技法を贅沢に使ったこの列車のあり方とも重なる。
料理も器もサービスも「九州」にこだわる
効率性を優先して、どうしても大量生産になりがちな現代の食。「機械で作られた食だけでなく、手仕事の積み重ねである、本来の料理を伝えていかなくては」そんな危機感を胸に、成澤氏は、一から手作りにこだわる。
例えば、デザートのモンブランは、既製品のピュレを使うのではなく、熊本県のやまえ栗を使用し、地上にある専用の厨房で手作りしている。同時に、料理を通じて九州の自然を表現することにも力を入れる。モンブランの盛り付けは、阿蘇山の雲海をイメージしたもの。繊細な泡で作られた「雲」は、その場で作るからこそ実現する。
こうしたイメージをゲストに伝えるサービススタッフの役割も重要だ。メニューが変わるたびに、数名の代表がNARISAWAを訪れ、作り方などを克明にメモを取り、それを全員で共有する。
皿もグラスも、九州の作家の手による特注のもの。最初は「大量生産はできないから」と丁重に断ってきた作家もいたそうだが、選び抜かれた九州食材を使った料理、ドリンクもコーヒー以外はすべて九州産で揃え、器も含めてトータルで九州の魅力を紹介したいというシェフの情熱に感銘を受けて、特別に作ってくれることになったという。
スタッフも多くは九州出身。食もサービスもインテリアも、九州で満たされた空間に包まれ、窓の外には、どんな映像よりも素晴らしい「今」の九州の自然が広がる。まさに九州尽くしの美食体験だ。
バーチャル全盛の今だからこそ、せっかく旅に出るなら、全てにおいて、その土地の「らしさ」を感じたいもの。博多から由布院まで約3時間(曜日によって変更あり)。そこには、「九州らしさ」あふれる、ゆったりとした非日常の時が流れている。