空室率60%からの起死回生。築43年「上井草グリーンハイツ」の奇跡

上井草グリーンハイツ竣工当時の外観 写真提供:カウエモン(上井草グリーンハイツ)


コンクリート寿命はあと100年以上


臼井は早速「劣化状況診断」に取り掛かった。診断には様々あるが、大事な診断に「コンクリートの中性化」というのがある。まるでチーズの製造過程において熟成度合いをチェックするときのようにコンクリートの一部をくり抜き、コンクリートに試験溶液をかけてアルカリ性の度合いを見るのである。

コンクリートは本来アルカリ性を示す必要があるが、経年変化により中性化してくる。その影響で、内部の鉄骨が錆びてくるのである。コンクリートの寿命は通常100年程度であるが、社会が求める機能を満たせなくなり短期間に建て替えられてしまうことが多い。これを「機能的耐用年数」と呼ぶが、古い建物の躯体、周辺環境を活かすノウハウも持つのがヤシマ工業である。診断の結果、上井草グリーンハイツのコンクリートは、幸いあと100年以上持つことが分かった。

「竣工図書」と呼ばれる書類(実際は大型辞書数冊分の厚みがある)が残っていたことも大きかった。竣工図書には竣工時の詳細な情報が記載されており、たとえばコンクリートの砂にどこの産地のものが使われているかも記載されている。年数が経っている物件だと竣工図書がオーナーチェンジなどで紛失されていることも少なくないが、上井草グリーンハイツの場合はこれが残っていた。臼井曰く、「これだけで1000万円分の価値がある」。それぐらい大切な基礎情報が記載されているのが、竣工図書だ。

コンクリートの中性化は進んでおらず、あと100年は持つ。渡邉が決断したのは、建て直しでもなく、大規模修繕でもない、再生リノベーションだった。そして、その瞬間「現状維持の姿勢」から「あるべき姿」を考えて、アクション・アイテムを積み上げていくバックキャスティング思考への転換が行われたのだった。

ロンドンで感じた、日本と異なる「築年数」の概念


プロジェクトがはじまった当時、ヤシマ工業は上井草グリーンハイツの近くに所在していた。臼井は通勤の際に建物を見ることがあり物件の存在を知っていたが、物件の持つ潜在価値と現状に相違を感じていた。臼井は芝浦工業大学を卒業後、英国に渡り、University of East Londonを卒業。ロンドン、東京の建築事務所勤務を経て2014年にヤシマ工業に入社したメンバーである。

臼井は言う。「英国には、そもそも築年数という考え方がないというか、物件を見るときの条件として築年数を見ていない部分があります」。

臼井は英国の留学を経て、英国の建物の設計や寿命の考え方に日本との違いを感じていた。また、古い建物の方が価値が高いといった評価の軸の違いも理解していた。ちなみに英国首相が住むダウニング街10番地のマンション(フラット)は300年以上の歴史があると言われている。
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文=曽根康司 編集=石井節子

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