診断結果を銀行預金の引き出しに活用
認知症患者を持つ家族には、患者本人の銀行口座から預金を引き出すときに大きなハードルがある。預金は個人の資産であり、本人の意思確認がなければ、家族であっても引き出せないからだ。
今年2月、全国銀行協会の認知症患者の預金に関する新指針が公表され、これまで限定されていた本人の意思確認ができない際の預金引き出しが認められる事例が示された。これを受けて神戸市は、この10月1日、三井住友銀行とみなと銀行との間で協定を締結し、認知症神戸モデルによる診断結果を預金引き出しに活用すると発表した。
神戸市・三井住友銀行・みなと銀行による記者会見
認知症が進んだ患者の家族が医療費・介護費・税金などを支払うために、患者本人の預金口座から引き出すには、民法の規定による「成年後見制度」がある。この制度では、本人が判断できる段階で後見人をあらかじめ定めておくか、判断ができない状況になれば家庭裁判所が法定後見人を選ぶことになる。だが、後者には最大で3~4カ月もかかるので、非現実的と言わざるを得ない。
みなと銀行プロセス改革部の中谷泰秀は、次のように説明する。
「医療費などを支払うために預金を引き出そうと銀行の窓口に来た家族に、成年後見制度を説明しても意味がありません。家族は今日のいま引き出そうと思っているので、『そんなん言わんと早く出してよ』と言われるだけです。
ですが、出金には原則として本人の意思確認が必要です。そこで、認知症で意思確認ができないことを病院などから医師の判断を診断書で示してもらったりしています。しかし神戸市の認知症神戸モデルの診断結果から医師が認知症だと判断していることがわかれば、このプロセスが省けます」
さらに、認知症神戸モデルの効用については次のようにも語る。
「実際には、戸籍謄本を提出してもらい、本人との血縁関係を見て、子どもであって他に兄弟がいるのであれば、推定される相続人から実印を押した同意書と印鑑証明まで出してもらうこともあります。この場合、医療費などの請求書の金額を上限に出金しています。このように慎重に判断しなければいけないなかで、ひと手間なくなるのは本人にとっても銀行にとっても、大変ありがたいです」
認知症神戸モデルでは、認知症は多くの人がなる可能性があるものであり、社会全体で支えなければならないという考え方から、市民1人当たり年間400円の市民税を増額し、それを財源に実現している。
他の自治体でも、民間の個人賠償責任保険に加入する認知症患者を支援する制度が拡大しつつある。神戸市のような手厚い補償が理想であるが、多くの自治体で、財源の手当てができないことを理由に、患者本人の負担が生じていたり、見舞金の支払いにまで踏み込めていなかったりしている。
家族が認知症になると、介護のために仕事を変えたり、職を失ったりすることもある。さらに、事故による損害賠償を心配しながら介護するのでなく、安心して生活するには、家族だけに負担を押し付けるのでなく、地域全体で認知症と正面から向き合わなければならない。
認知症神戸モデルを始めてから2年が経過し、神戸市民のなかに、家族に認知症患者がいても悩むことはないという空気が広がりつつある。これこそが認知症神戸モデルのもっとも大切な効用と言っても間違いないだろう。
連載:地方発イノベーションの秘訣
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