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選んできた道は「正しかった」のか


矢澤が壁を再び直視することになったのは、2020年にVCを立ち上げたときだった。

出産して半年ほど経った頃に、VCを立ち上げることを決意。投資先を募ったり、金融庁など各所と交渉を重ねたりして、子どもが1歳を過ぎたときにファンドの組成がかなった。しかしその過程は、葛藤と迷いの日々だった。

産後の身体的な痛みから十分に回復しきらないなか、授乳や夜泣きの対応を続けつつプロジェクトを進めた。そのとき感じたのは、戦略やアイデアなどをじっくり考えたくても、制限されるもどかしさだった。

「子どもをようやく寝かしつけても、途中で起きてしまったらそれでおしまい。次にパソコンの前に戻ったときは『さっきは何を考えていたんだっけ……』と思い出せないこともしばしばでした。戦略を練るようなクリエイティブな業務に取り組みたくても、思考が途切れ途切れになる感覚がありました」

授乳をしながら、頭の中はファンドのことでいっぱい。目の前に小さな子どもがいるという現実と、自分の中にある母性、迫りつつあるファンド組成の期限が、矢澤の中でせめぎあっていた。

そのとき、かつて両親から言われた「女性は働くべきではない」という言葉があらためて頭をもたげてきたという。

「ファンドは人のお金をお預かりする責任重大な仕事です。生半可な気持ちでできることではありません。両親が言うように、子育てをしながらやり遂げられるわけがない、そんな風に心が揺れることもありました」

このファンドは誰かに依頼された仕事ではない。矢澤が自分の意志で「やりたい」と決めたものだ。途中で投げ出したところで社員がいるわけでもないし、まだ投資先もない。出資すると言ってくれた投資家たちに迷惑がかかるが、やめてしまおうか。そんな思いが去来することも多々あったという。

その状況をなんとか乗り越えられたのは、出資してくれた起業家や投資家、目標とするベンチャーキャピタリストたちが背中を押してくれたからだ。

「長年公私にわたってアドバイスをくださってきたウィズグループの奥田浩美さんや、日本テクノロジーベンチャーパートナーズ代表の村口和孝さんをはじめ、多くの起業家や投資家の方々が励ましの声をくださいました。機関投資家の方々も、各所と交渉に動いてくれた。そういう方々にいつかお返しをしたいという気持ちで頑張ることができました」

半年間、子育てをしながらファンド組成のために本気で走り回った結果、見えてくる景色は少し変わったという。

「これまで男性の多かったVC業界で、女性である私が出産直後にファンドを立ち上げられた。いつか女性のゼネラルプロデューサー(ファンド責任者)も当たり前になる。こんな状態の私がチャレンジしたことで、少しでもマーケットが広がったのではないかと思っています」

子育てとファンド運営の両立は道半ば。毎日なんとか乗り切っている感じだというが、立ち上げ途中に抱いた苦悩は、少し清々しい気持ちに変化してきてもいる。

文=石川香苗子 写真=小田駿一 編集=松崎美和子

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