ラグジュアリーの本質と「心を磨く体験」

放送作家・脚本家の小山薫堂が経営する会員制ビストロ「blank」では、今夜も新しい料理が生まれ、あの人の物語が紡がれる......。連載第14回。


先日、瀬戸内海の生口島に誕生した「Azumi Setoda」という旅館を訪れた。設計に携わった「六角屋」の三浦史朗さんは京都のわが家の茶室を手がけた方で、「一度、泊まりにきてください」とお声がけいただいたのだ。

プロデュースは、世界屈指の高級リゾート「アマン」の創業者であるエイドリアン・ゼッカさん。「RYOKAN」をつくるのが長年の夢だったということで、Azumi Setodaはその第1号とのこと。築145年、江戸時代の豪商「堀内家」の邸宅をリノベーションし、建物外観、梁や柱、障子などのディテールは残す一方、アマンを彷彿とさせる現代的な要素を各所にちりばめた和モダンな旅館に仕上がっている。

さて、客室には立派な檜風呂が併設されているのだが、僕の関心はほかにあった。Azumi Setodaの道を挟んだ向かい側に建つ別棟の銭湯付帯の宿泊施設「yubune」だ。こちらは、銭湯とサウナ、湯あがりラウンジ、14の客室があり、Azumi Setodaより少しカジュアルな趣となっている。僕は早速、その銭湯に入りに行った。新しくて清潔なのは当然として、浴室の瑠璃色のタイル壁画は洒落ているし、湯船には瀬戸田名物のレモンも浮いていて、とても居心地のよい空間だった。

何より、この銭湯の立ち位置が素晴らしい。雑誌『新建築』の説明文には「瀬戸内海の生口島、しまなみ海道沿いにある人口約8000人を有する瀬戸田の活性化のため、交流拠点のひとつとして」開業されたとある。つまり、銭湯という場を町に開くことで、高級旅館と地元の人たちをつないだのだ。

利用料金は大人900円(宿泊客は無料)。広島県の銭湯の利用料金は450円だから、それからすると少し高く感じるかもしれない。だが、10枚綴りの回数券6000円を購入すれば、1回600円。尾道などへの通行料を支払って銭湯に通っていた方々にとっては、近いし、安上がりだし、新しくて言うことないのではないか。銭湯という裸の付き合いの場で、旅人と地元の人がお互いに人のぬくもりに接し、幸せな心持ちになる。さすがアマンでもローカライズを徹底してきたゼッカさん、宿のつくり方が見事だと思う。
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写真=金 洋秀

この記事は 「Forbes JAPAN No.086 2021年10月号(2021/8/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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