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最先端の経済誌「Forbes JAPAN」の記事紹介

マリア・シャラポワ / 写真=セレステ・スローマン

若くして頂点を極めた「テニス界の妖精」ことマリア・シャラポワ。現役を引退してなお、燃え尽きることなく挑戦を続ける彼女の原動力に迫る。

2020年2月26日、世界的なアスリートの報道が、世間をにぎわせた。テニスプレーヤーのマリア・シャラポワが現役引退を表明したのだ。数カ月後、彼女の決断は「先見の明あり」と評された。なぜならこの年、新型コロナウイルスの爆発的な感染拡大によって、多くのアスリートのキャリアは壊滅的な打撃を受けたからである。

だが、彼女の決断は物語の終わりを意味していない。むしろ、新たな挑戦の始まりだった。抜群の知名度と影響力を生かして、自ら立ち上げたスイーツブランド「シュガポワ」を筆頭に、彼女はビジネス界での活動を加速させているのだ。

シャラポワは止まらない。インタビューに答える姿勢は真摯で、口調は柔らかいが、その本性は野心家でありファイターである。

──現役引退を表明してから一年が経過しました。生活はどのように変わりましたか。

この一年間、時間的な余裕を大事にすることを、本当の意味で学びました。自分のブランドであるシュガポワにより多くの時間を割けるようになっただけでなく、複数の新たな会社に投資をしてパートナー契約も締結することができました。それぞれのプロジェクトでは、新しい仲間たちと緊密に協力ができています。そのほかにも、家族や友人とより多くの時間を過ごせたのはとても素晴らしいことでした。

──多くのアスリートは引退すると虚脱感や喪失感に襲われるといいます。そうした問題には直面されましたか。

テニス界でのキャリアを恋しくも思いますが、今後の人生でどのような目標を達成したいのかははっきりとしています。これまでの経験で自分の可能性を信じることの大切さを学んだからです。

現役時代の経験を振り返ると同時に、将来の目標について夢を描くことができました。

──それはどんな存在になることでしょうか。

テニスを始めてから28年間、私は自分のことをアスリートだと思っていました。毎日、何時間も一種類のスポーツに対する技術、身体能力、その他の能力を磨いていましたから。しかし、自分をテニスプレーヤーでしかないと思ったことはありません。なぜなら、私という人間は、その枠をはみ出しているからです。私はいつでも世界や文化、建築やビジネスに関心をもっていました。そして、アスリートとしてのキャリアを終わらせてからは、起業家と投資家としての活動に集中しています。自分のビジネスにおける目標についてたくさん考え、企業活動を運営するスキルを上達させようとしています。

シャラポワの人生は、自立したキャリアの実現そのものだ。「成り上がり」といってもいいだろう。チェルノブイリ原発事故の影響が残る地域で生まれ、テニスのラケットを手にしたのは4歳のころ。その後、父ユーリーの不屈の努力によってアメリカへ渡り、友達もつくらず練習に打ち込んだ(そのことについては自伝『アンストッパブル』に詳しく語られている)。10代の後半には、シャラポワは世界一のテニスプレーヤーになっていた。彼女は、プロテニス史上で10人しかいない生涯グランドスラム(選手生活の間に4大大会をすべて制覇すること)を達成。ナイキ、エビアン、ポルシェなどの世界的なブランドとのスポンサー契約によって、05年から15年まで世界の女性アスリート長者番付の上位をキープした。

興味深いのは、彼女の転機となった薬物使用による15カ月の出場停止処分を16年に受けた後も、スポンサーの多くが契約を継続したことだ。彼女は自分の価値を高め続けるための努力を惜しまない。根っからのセルフメイドウーマンなのだ。

文=ユリア・ワルシャフスカヤ 写真=セレステ・スローマン 翻訳=石橋むつみ

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