同時に、今よりも劣悪であった農園の環境を目の当たりにすることになった。当時は児童就労も当たり前のこと。ショコラティエとして自分にできること、なすべきことは何なのかと自身に問い続け、出した結論の一つは、「他社より高く豆を買うこと」だった。そのかわりに他の農園より、品質のいい豆を作ってもらう。このウィンウィンの方程式こそが、農園に従事する人達を幸せにする道なのだと信じてのことだった。
「うちは、他社に比べて、3倍高く豆を買っています。児童就労も一切許していません。今朝も農園に電話しましたよ。消費者が何を求めているかをこまめに伝えることもとても大切です。モチベーションにもつながりますから」と氏は言う。
(c)Marcolini Brussels atlier
同時に、就労者だけでなく、環境への負荷を最小限に減らすことにも惜しみない努力を払ってきた。植物の多様性を守り、カカオそのものの安全性を守るために、除草剤は一切の使用を禁止している。また、昨今、大手メーカーなどで多く使われている、早く育ち、多くの実をつける、遺伝子組み換えによるCCN51種も決してつかわないという。この先の長い長い未来の中で、豊かなチョコレート文化が受け継がれていくことを願っての、サステナブルな活動だ。
ピエール マルコリーニといえば、鮮やかな赤のハート型のショコラがシグニチャーの一つだが、着色料もすべて、植物由来の自然のものを使用しているという。
包材もできる限りプラスチックは使用せず、使用するにしても生分解性可能なものにおきかえ、ショッピングバッグ類も、水溶性ののりや、自然の色素を使用するなど、極めて意識の高い商品作りをしている(日本では取り組み内容が異なることもある)。また、ブリュッセルのアトリエの屋根にはソーラーパネルが貼られ、できる限りの自家発電を行っている。
日本料理に感じる共通点
実は、日本店は今年で20周年を迎えた。1997年に自身のブランドを立ち上げたわけだから、かなり早い段階で日本に出店したことになる。その理由は、「旅行に訪れ、とても日本が好きになり、運命を感じたから」だという。
今でも銀座店は行列ができるほどの人気店である。20年間色あせない魅力はどこにあるのかと考えていると、興味深い内容を語ってくれた。
「私にとってのショコラづくりは、カカオの本質を引き出すための、そぎ落していく作業なのです。ミリ単位の美味や美意識の追求には、寿司や懐石など、素材の本質を引き出す、日本料理と共通するものがあるように思います」
最高のカカオ豆を探し出し、その本質──あるものはフラワリーであり、あるものはスパイシーであり、また、酸味が際立っていたり……──を引き出し、バーにすることに何よりこだわっているという話と、とても整合性があるように思う。