「忘れられた英雄」コロナワクチン開発者の苦闘

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妻と子供2人、愛犬とともに。カナダ横断旅行へ


2014年2月、マクラクランは50歳になった。人生の伴侶カーリー・シーブルックはマクラクランをバンクーバーの宴会場インペリアルに呼び出した。そこには家族や友人が大勢集まっていた。シーブルックはウエディングドレス姿で登場してマクラクランを驚かせ、2人の子供たちは「ママと結婚してくれる?」と書いたグリーティングカードを父親に贈った。シーブルックはそれまで形式的な婚姻関係を重視してこなかったが、癌から生還したことで人生観が変わったのだ。そして結婚はマクラクランの人生観も一変させた。

3度の飯より仕事が好きな研究者にとって、弁護士とのやりとりや会社間の果てしない駆け引きは大きな負担だった。2014年、敗北感を覚えたマクラクランはテクミラ社を辞めた。持ち株を売却し、中古のキャンピングカー、ウィネベーゴ・アドベンチャラーを6万ドルで買い、正式に結婚した妻と子供2人、愛犬を連れて、5200マイルのカナダ横断旅行に出発した。

マクラクランが去ったあと、CEOのマレーは社名をテクミラからアルブータス・バイオファーマに変更し、ニューヨークの医薬品開発会社ロイバント・サイエンシズ社と提携関係を結んで、B型肝炎治療薬の開発に焦点を絞ろうと決断した。それでも、4種類の脂質による薬物送達システムの特許は手放さなかった。

その後、マッデンの会社アクイタス社はmRNAインフルエンザワクチン開発のため、送達技術のサブライセンス権をモデルナ社に与えた。マッデンにそんな権利はないと確信していたマレーは、2016年にライセンス契約を打ち切るとアクイタス社に通告した。

慣習にならい、2カ月後にアクイタス社はバンクーバーで訴訟を起こし、契約に違反していないと反論した。それに対してマレーは反訴し、またしても法廷闘争が始まった。だが、今回の一連の訴訟はmRNAに直接かかわる重要なものとなった。

係争2年超、ようやく和解


2年以上係争が続いたあと、双方は和解した。すでに研究開発が進行中の4件の製品は別として、マッデンが保有するマクラクランが開発した送達技術のライセンス契約は打ち切られた(マレー側が権利を失ったマッデンの技術もあった)。その後、マレーとロイバントは別会社ジェネバント・サイエンス社を設立した。4種類の脂質送達システムに関する知的財産権を管理し、商業利用するための会社だった。

すぐに数社から引き合いがあった。数カ月もしないうちに、ビオンテック社のCEOシャヒンは自社の既存のmRNA癌治療プログラムに送達システムを使用できる契約をジェネバント社と結んだ。そして、希少疾患を対象にした5つのmRNAプログラムも共同で開発することになったのだ。

ただし新型コロナなど、まったくの不測の事態に送達技術を使用する取り決めはなかった。
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翻訳・編集=小林さゆり/S.K.Y.パブリッシング/石井節子

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