起業3年目を迎え、目下進めているのが「治療アプリ」採用に向けての挑戦。さらに事業を成長させようとしているいまこそ、会社の中核を担う新たな役員が必要だと考えました。ただ、現状に適しているがどういう人材なのかを見出せず、相談しにきたのです。
お悩み「役員メンバーってどうやって見つけるの?」
emol株式会社の代表取締役CEOを務める千頭沙織さんは、自身が過去に精神疾患を患った際の経験をもとにメンタルヘルスケアアプリ「emol(エモル)」のアイデアを考案し、2019年に同社を創業しました。大学時代にメンタルバランスを崩してしまった際、人と接するのが苦になって精神科の治療を受けた経験から、人と話さなくてもよく、さらに薬に頼らない治療法があればもっと楽に回復できるはず、とemolを形にしてきました。
AI(人工知能)のレクチャーでメンタルヘルスケアができるemolは、人と接することなくCBT(認知行動療法)やACT(アクセプタンス&コミットメント・セラピー)に基づいた簡易のカウンセリングやコーチング、雑談などができるセルフケアアプリです。AIにその時の気持ちをぶつけることで、メンタルヘルスの不調予防効果が期待できると、着々とユーザー数を伸ばしています。
治療の領域にもサービスを拡大させていくために薬事承認を狙っており、その資金を調達したいと考えています。
そんな千頭さんが抱えるお悩みが、役員の見つけ方。現在のemolは、CEOの千頭さんと共同創業者であり夫であるCOOの2人が役員で、ほかに心理・医療顧問が4人、業務委託のエンジニアとデザイナーが4人の計10人で運営しています。
エンジニアとデザイナーの指揮を執りながらアプリ開発・運営のすべてを千頭さんが、アライアンス営業やマーケティング、採用などの人とかかわるあらゆる対外的な役割をCOOが、と2人だけでほとんどの業務権限を担っているため、「どこかを完璧にできる人が欲しい」というのが正直な気持ちだそう。
開発を担うCTO(最高技術責任者)か、はたまた資金調達に特化したCFO(最高財務責任者)か、それともまったく手の回っていないCMO(最高マーケティング責任者)やCHRO(最高人事責任者)か。事業成長を目指すため、どんな役員メンバーをどうやって見つければいいのか見当もつかないと、千頭さんはお悩みピッチの門をたたきました。
そんなお悩みを聞いたお助け隊からは、起業初期に乗り越えてきたそれぞれの経験が共有されていきます。役員の見つけ方や人物像など数々のヒントがシェアされた先に、組織をつくっていくうえで欠かせない「リーダーの資質」が見えてきました。
本当に役員がいるのか? いま必要なものを見極めよ
「この悩みは組織づくりのさがですよね。皆さんがどう進めてきたのか聞いてみたい」とファシリテーターを務める齋藤潤一さんがお助け隊に向かって問いかけます。
最初に手を挙げたのは、飲食店などのアレルギー対応をITによってサポートする株式会社CAN EATの田ヶ原絵里さんでした。千頭さんと同時期に創業したCEOだからこそ大きく共感し、「1年くらい前に、私も誰でもいいから探していました」と話し始めました。
田ヶ原さん
「私が役員メンバーを探していたのは、投資家から見ると組織として盤石に見えないんじゃないかという不安感からでした。でも、すごく『失敗したな』って思っているんです。採用段階で『役員をやってくれませんか?』って声をかけて集まる人は、続かなくて」
田ヶ原さんが「いま、どうして役員が必要なんですか?」と聞くと、千頭さんは「どれでもいいから業務の権限を誰かにわたして、資金調達に注力したい」のが一番の理由だと言います。
田ヶ原さん
「私の場合、役員を名乗ってくれるなら誰でもいいと考えていたのが、信頼できる人が出てくるまで役員はいなくてもいいかなってだんだん変わっていったんですよ。例えば、従業員の中に報酬以上の働きをしようとする人っていますよね。ほかにも、ある情報を与えたら、期待以上の働きをしてくれそうとか。私はそういう人に役員の話を持ちかけるようになりました。気持ちは十分にわかりますが、信用問題も出てくるので、そんなに焦らなくてもいいんじゃないでしょうか」
続いて声を発した山田岳人さんは、DIY用品のEC事業でトップランナーである株式会社大都の3代目代表取締役です。会社を継いだ当初は工具の卸問屋。そこから大きく事業の方向転換をして苦しい時代も経験してきましたが、そんな時に助けとなったのが経営者仲間でした。
山田さん
「当初は実質的な役員は僕だけだったので、自分で会社を経営していた友人を誘って入ってもらったんです。最初は月に1回とか顧問として入ってもらい、だんだんと回数を増やして、最終的に向こうから『もう、フルコミットしたい』って言ってきてくれたことで、役員になってもらいました。現在のCFOなんて、当時はまったくそんなスキルはなかったんですが、フェーズが進んでいくなかで『自分がやる』と手を挙げてくれて。いまは頼りになるCFOですよ」
また、資金を調達した際に、社員30人だった会社に30人を採用して事業成長を目指したら、次の1年で30人が退職するというジェットコースターな経験も。役員だけでなく、社員採用からも大きな気づきがあったと続けます。
山田さん
「途中で普通の面接をするのをやめたんですよ。面接でわかるのって面接がうまいかどうかだけだから。『ボウリング採用』とか『麻雀採用』とか、相性を見抜くためにいろいろなことをやりましたね。そのなかで見つけ出したのが、『推薦状』。知り合いに書いてもらった推薦状を見ると、人となりがすごく見えてきます。僕らの採用第一条件は『グッドパーソン』。結局は、人です。“いいヤツ“としか仕事はできないって、行き着いたんですよね」
空きスペースを荷物の預かり所にしたシェアリングサービスを展開するecbo株式会社の工藤慎一さんは、2015年の創業以来大型の資金調達を実現し、お悩み人と同年代の起業家です。千頭さんのステージを経験した先輩としてのアドバイスを送ります。
工藤さん
「まずは少ない金額で、長期的に経営戦略を考えられる資金を確保するのもいいのではないでしょうか。今回、いちばんの目的とすべきなのは、『自分に余裕をつくること』。採用はそのあとに進めるのでもよいのかなと。それから、これは僕の持論なのですが、いくら業務が多忙を極めたとしても、プロダクトからCEOは離れないほうがいいと思います。もちろんCTOを雇って離れることもできます。ただ、プロダクトって会社の成長にとっていちばん大事な部分だし、CEOが離れた瞬間に成長は止まると思うんですよ」
問題はどこにあるのか? まずは状況を客観視せよ
どんな“CXO(Chief X Officer)”が必要で、どう見つければいいのか。その問いに、社員や友人を見る、自分に余裕をつくって検討するなどのヒントが挙がってきました。いずれにしても、会社の一部を任せる役員は、信頼に足る人物なのかどうかをじっくり吟味するのがいいようです。
山田さん
「役員も大事ですが、その前にやっぱりチームをつくることがすごく大切なんじゃないかなと思うんです。自分が持っている権限を移譲していければ、役員を入れなくてもうまくいくんじゃないかと思いますよ」
役員を入れる以外の解決策を、千頭さんがより具体的にイメージを持って検討できるように、チームづくりの難しさについて山田さんが経験をシェアしてくれました。
山田さん
「できる人ほど業務をわたさないんですよね。僕らのメンバーにも、そういう人がいたんです。そうすると、いつも両手に荷物を抱えているから次が受け取れなくて、パンクしていく。成長もしない。つまり、わたす側の技量が問われるんです。僕も1人代表の時はそうだったけど、入ってもらった友人たちにどんどんわたしたら、業務が楽になった。というか、精神的にめちゃくちゃ楽になったんですよ。しんどい時に『背中を預けられるメンバー』とチームをつくる。僕はそれができてよかったなって思っています」
工藤さん
「権限移譲の解像度を高めると、自分の抱えるタスクが具体的に何かってところになるんですよね。タスクって、プロダクト開発や営業などいろいろなサイクルがあると思うんです。それを一つひとつ整理する必要があって、それがいわゆる仕組みづくりですよね」
工藤さんの会社でも、事業規模を拡大するにつれ、カスタマーサポートにどんどん人を採用しないとうまくさばけなかった時期があったそうです。
工藤さん
「業務効率を上げるためのサイクルを考え、効率を上げるために自分がやれる部分と人を増やさなければいけない部分を分けていったらうまく回り始めました。このサイクルをつくれれば、責任も含めてどこまで権限移譲ができるかはっきりしますし、組織づくりにおいて効率がよくなると思っています」
工藤さんは、「どのタスクが大変なのか、いったん書き出してみるのもいい」と、先を急ぎたいと思ってしまう時こそ、一度立ち止まってみるよう促しました。
そんななか、SBIインベストメント株式会社 CVC事業部⻑の加藤由紀⼦さんは、起業家ではなくベンチャーキャピタリストとして客観的な視点から、悩み多き千頭さんにとって救いとなる言葉をかけました。
加藤さん
「起業家って、隣の芝生が青く見えて、焦りにつながっちゃうことがよくあると思うんです。ただ、失敗をしながらも次に打った手がうまくいったみたいなことが多くあります。みんな失敗しながら、それでも続けてきたからうまくいっているんだ、くらいに考えたほうがいいんじゃないでしょうか」
さらに、うまくいかない時ほど、「投資家とのコミュニケーションが大事」だと加藤さんは続けます。
加藤さん
「どうしてうまくいかないのかを投資家にも教えてもらう必要があって、それを隠されちゃうとお互いにうまくいかなくなります。『透明性の高いコミュニケーション』ができると、信頼関係はちゃんと醸成できていきますし、助けることもできるかもしれません。『失敗』もプロセスの一つだって思っておけばいいんですよ」
齋藤さん
「あんまりCXO、CXOって考えすぎず、千頭さんの思いに共感して一緒に頑張ってくれる人が、結果としてCXOになっているのが理想なんじゃないかと。失敗からのリカバリーが企業家には重要だと思います。失敗することは普通のことなんです。ちなみに採用もそうですよ。僕も振られまくっているんですよね。毎日、失恋しているような感じです」
権限移譲できるチームづくりを
ファシリテーターの斎藤さんは、「ここまで聞いてみて、どうでしょう?」と千頭さんに問いかけます。すると、「誰でもいいから入ってほしい……」と話していた当初の曇りがちな表情が、晴れやかに変わっていました。
「反省点がめちゃめちゃ多いです。ずっと迷っていたんですが、CXOにこだわる必要はないなと思いました。それと、権限移譲ができるチームづくりがうまくできていなかったことに気づきました。まずは、そこをしっかりとやっていきたいです」と
いますべきことがはっきりと見えてきたようです。
「必要・必然・ベストで、人って現れたりしますよ。投資家の方や私たちでもいいです。どんどん人にぶつかっていくのもいいかもしれませんね」と、ファシリテーターの齋藤さんが最後のアドバイスを添えました。
今回のセッションを受けて、お悩みピッチを主催するアメリカン・エキスプレス 須藤靖洋 法人事業部門副社長/ジェネラル・マネージャーは、「権限移譲ができないとチームは育たないし、そこでリスクを取らないとチームは成長しない。企業規模にかかわらず、このリーダーシップはとても大事ですね」と、ビジネスにおけるチームづくりの重要性を再認識しました。
Forbes JAPANの藤吉編集長からは、「採用の失恋をするたびにへこんでる場合じゃないっていうのは、そのとおり。私もどんどんぶつかっていきたいと思います」と、誰もが自分ごとにできるピッチの価値を、あらためて感じたといいます。
「チームとしての勝利を考える。この部分にしっかり取り組まなければ、長期的な成功は果たせない」。アメリカン・エキスプレス会長兼CEOの言葉に、そんな一節があります。とても当たり前なのに、実行するのはすごく難しい。お悩みピッチが新しいチームの在り方になることを目指しながら、Forbes JAPANとアメリカン・エキスプレスは経営者同士の助け合いが広がっていくことを心から願い、これからもサポートしていきます。
CASE 5のお悩みピッチをビジュアル化すると…
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【お悩み人】
千頭 沙織 氏(emol株式会社 代表取締役CEO)
2014年に株式会社エアゼを創業。WEBやアプリの企画・デザイン・開発の業務に携わる。2018年にAIとチャットで会話をしながらメンタルケアをするアプリ『emol』をリリースし、2019年emol株式会社を設立。同アプリは音声ガイダンスによるマインドフルネスや、チャットによるメンタルケアなどのコンテンツを備え、累計27万ダウンロードを突破。
【お助け人】
山田 岳人 氏(株式会社大都 代表取締役)
リクルートフロムエー(現リクルート)を経て98年、結婚を機に義父が経営する大都に入社。2002年にEC事業を立ち上げ、11年に3代目として代表取締役に就任。「SMALL GIANTS AWARD 2018」でセカンド・ローンチ賞を受賞。社団法人日本DIY協会が認定する「DIYアドバイザー」の資格を持つ。
▶︎大都
加藤 由紀子 氏(SBIインベストメント株式会社 執行役員 CVC事業部長)
アイエヌジー証券会社投資銀行本部にてコーポレートファイナンス業務に従事後、2002年、SBIグループのバイオ・ヘルスケア専門VCバイオビジョンキャピタルの立ち上げに参画。2005年にSBIインベストメントに転籍後、投資部門にて国内外のベンチャー投資育成、経営支援等に携わる。2015年、「Forbes JAPAN」の「日本で最も影響力のあるベンチャー投資家ランキング」で、1位に輝いた。
工藤 慎一 氏(ecbo株式会社 代表取締役社長)
Uber Japanの立ち上げを経て、2015年6月ecboを設立。2017年1月、店舗の空きスペースを、荷物の一時預かり所にする世界初のシェアリングサービス「ecbo cloak」の運営を開始。ベンチャー企業の登竜門「IVS Launch Pad 2017 Fall」で優勝。2019年9月に、Amazonと提携し、店舗の空きスペースで宅配物を受け取るサービス「ecbo pickup」の運営を開始。
▶︎ecbo
田ヶ原 絵里 氏(株式会社CAN EAT 代表取締役CEO)
アレルギー対応食アドバイザー・中級食品表示診断士。母の米アレルギーをきっかけに、アレルギーがある人の外食を快適にするITサービス「CAN EAT」を起業。外食企業で誰でもアレルギー対応を正確に実施するためのITサービス開発運営ほか、アレルギー対応の評価認証委員、ホテルや婚礼業界のアレルギー研修を担当。
▶︎CAN EAT
【2021年お悩みピッチファシリテーター】
齋藤 潤一 氏(一般財団法人こゆ地域づくり推進機構 代表理事/AGRIST株式会社 代表取締役 兼 最高経営責任者)
米国シリコンバレーの音楽配信会社でクリエイティブ・ディレクターを務めた後、帰国。東日本大震災を機に「ビジネスで地域課題を解決する」を使命に地方の起業家育成を開始。2017年に宮崎県児湯(こゆ)郡新富町役場が観光協会を解散し、一般財団法人こゆ地域づくり推進機構を設立する。
▶一般財団法人こゆ地域づくり推進機構
▶︎AGRIST
そう、ビジネスには、これがいる。
アメリカン・エキスプレス