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シネマの女は最後に微笑む

PhotoAlto/Michele Constantini/Getty Images

女性の立場が非常に多様化している現代。ひと昔前は既婚と独身、専業主婦と兼業主婦の対比がよく言挙げされたが、今はさらに立場が細分化している。子持ちと子ども無し、正規雇用者と非正規雇用者、高学歴と非高学歴、都市部在住と地方在住、一人暮らしと家族と同居、属する文化の違いなど。

さまざまな差異によって見えてくるのは、「女性」という一言で括ることの難しさだ。たとえば女性の進出が進んでいない分野に女性の数が増えるのは歓迎すべきことだが、ではそこで「女性だから」まとまることができるか否かはまた別問題になるだろう。さまざまな対立軸が表面化しやすい政治の世界を考えてみれば、それは一目瞭然だ。

男性だけでなく、女性もよく似た者、同族同士でまとまりやすい。小学校から女子はグループを形成し、高校くらいになると、自分の属する階層や文化圏以外の同性との接触がなくなってくる人が多いのではないだろうか。

そのようなかけ離れた立場にあった女性同士がたまたま出会い、互いの共通項に気づいて共闘していくミステリーが、マケドニア、コソボの合作映画『本当の目的』(ダリヤン・ペヨフスキ監督、2015)である。

ヤナとマリカの出会い


冒頭は、街はずれのガード下に立つ娼婦たち。そのうちの1人マリカ(カムカ・トチノフスキ)は通りかかった車に乗り込むが、男に脅迫、暴行され、とっさに相手をナイフで刺して逃走する。そのまま乗り込んだ列車のコンパートメントで出会うのが、故郷に帰る途中のヤナ(イレーナ・リスティッチ)だ。

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Gunita Metlane / EyeEm/Getty Images

ロングヘアの間から血糊のこびりついた顔を覗かせるいかにも訳ありなマリカに、ヤナはごく控えめながら親切な態度を見せる。すがりつく思いでマリカは彼女を追って、とある駅で下車する。

人影のほとんどない、かなり寂れた感のある田舎町。何十年ぶりかで帰郷したヤナを、驚きをもって迎える雑貨店の店主。ヤナの実家はどっしりした木造の古い構えで、長い間居住者不在であったことを思わせる。

ついて来たマリカを一旦は拒否したものの、結局家に入れてやった時、この偶然の邂逅がやがて抜き差しならない関係性へと変わっていくことに、ヤナはまだ気づいていない。

傷の手当てをされ質素な食事を共にし、マリカにはやっと微笑みが戻ってくるが、翌日ヤナは新聞で、マリカが客を殺傷して逃走中の娼婦であることを知ってしまう。ややほぐれかけた関係に一挙に走る緊張。同時に、村の警察官でヤナの幼馴染みらしいガンツが、2人に接近してくる。

この時点でヤナに関して明かされている情報は、遠方に住む双子の妹がおり、ヤナ自身は事故で12歳から4年間昏睡状態にあったこと、亡き父の遺産として湖のほとりに使われないままの複合施設があること、そしてガンツが、相続人の1人であるヤナに、その施設をある金持ちに売るよう圧力をかけていること、である。

とすると、ヤナの帰郷の目的は、父の遺した不動産を精算するためだったのだろうか。

もちろん彼女の「本当の目的」は、そんな簡単なものではない。双子情報が出てきた時点で何らかのからくりがあるのでは?と、ドラマを見る者は思うだろう。

しかもヤナに対するガンツの態度は妙に恩着せがましく馴れ馴れしいのに対し、ガンツに対するヤナの態度は非常に堅く、単なる幼馴染みの枠に嵌めがたい何かが背後にありそうに思える。

しかし、この状況に偶然に入り込んでしまったマリカという“異分子”は、事の流れから見てどう考えても厄介だ。彼女がいくら正当防衛だったとしても、偶然出会った殺人犯を匿ったことでヤナも罪を問われることになる。

文=大野 左紀子

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