外科医、救急医を経て小笠原に。彼が「離島診療所」を選んだ理由

東京都小笠原村父島「小笠原村診療所」所長 亀崎真氏

2015年から東京都小笠原村父島の小笠原村診療所で勤務する亀崎真氏。熊本大学を卒業後、外科医としてキャリアをスタートさせるが、悩んだ末、救急医の道を歩むことを決める。そして10年超、都内の救命救急センターに勤務し、セカンドキャリアとして選んだのが離島での地域医療だった。

なぜセカンドキャリアとして、小笠原村診療所での勤務を選んだのか? 現在の診療所での取り組みと併せて詳しく聞いた。

*本稿は、医師たちに医療情報や医師の診療以外の活動を聞くウェブマガジン「coFFee doctors」からの転載である。


父島・小笠原村診療所で、できる医療を増やしていく


──2015年から小笠原村診療所に勤めていますね

そうです。現在は小笠原村診療所の所長も務めています。

東京都に属する小笠原諸島には、30あまりの島々がありますが、有人島は父島と母島の2島のみ。小笠原村診療所は父島にあります。父島は本土から約1000km南に位置していて、人口は約2000人です。

null
東京都小笠原村父島(Getty Images/maps4media)

島には飛行場がないので、本土からの交通手段としては、片道24時間の定期船「おがさわら丸」のみです。この定期船が週に1回程度、港区の竹芝桟橋と父島を行き来しています。本土から父島を訪れるには、最短でも5泊6日必要。日本のへき地の中でも、地理的に最も遠い地域かもしれません。小笠原の住民が所用のために本土へ行く場合、帰島するまでに通常は短くても10日間を要します。ですから島民が本土の専門医療機関にかかるのは、かなり大変なことです。

また高次医療機関への救急搬送が必要になった場合、航空機搬送はできるのですが、本土の病院に到着するまでに約9時間かかります。今言ったように、島には飛行場がないので、急患が発生したらまず、自衛隊に活動を要請。父島から南南西270kmのところにある硫黄島には自衛隊基地があり、医官が常駐しています。硫黄島から医官が乗った救難ヘリコプターに来てもらい、患者さんは一度硫黄島に移動。一方本土からは、収容予定病院の医師が乗った飛行機が硫黄島の自衛隊基地へ向かいます。硫黄島に移動した患者さんは、本土から到着した飛行機に移され、本土の病院へと運ばれるのです。

専門の医療機関にかかることも大変ですし、島で提供できない医療も多いですが、だからこそ、新たにできそうなことを見つけて取り組んでいくことが大事なことだと感じています。一例としては、小笠原ブラッドローテーションシステム(以下、BRシステム)が2014年から運用されています。

null
亀崎真氏

BRシステムとは、赤血球を赤十字血液センターから小笠原へ供給してもらい備蓄すると同時に、未使用製剤を血液センターに戻し、有効期限内に協力病院で使用してもらうことで廃棄を回避するというシステム(T.Igarashi, “Patient rescue and blood utilization in the Ogasawara blood rotation system” Transfusion. 2018 Mar;58(3):788-794.)。世界的に見ても例のないシステムです。父島で2014年から、母島では2018年から運用を開始しています。BRシステムが始まるまでは、本土からの血液を待てない場合、緊急輸血には島内採血(生血輸血)しか選択肢がありませんでした。

他にも専門的な治療を「できない」と決めてかかるのではなく、島の現状を考慮しながら1つ1つ検討し、場合によっては「こちらの治療であればできるかもしれない」「順次できるように準備していこう」と、できることを増やしていっています。
次ページ > 外科から救急、そして離島医療へ

取材・文=coFFee doctors編集部

ForbesBrandVoice

人気記事