いま、日本の企業で、誰がどのような変革を起こしているのか。日本のデジタル大国化を予見させる変革の現場を紹介する連載企画。第5弾は、次の100年に向けて「データ・ドリブン経営への転換」を進めるヤマトグループの取り組みを紹介する。グループ躍進の鍵を握るヤマト運輸のデジタル機能本部でCDO/CTOを担う中林紀彦は、デジタルという最新の資材をいかに企業経営に組み込もうとしているのかーー。
「YAMATO NEXT100」でデータ・ドリブン経営に転換
2020年1月、ヤマトホールディングスは「YAMATO NEXT100」と題し、「運送業」から「運創業」へと変革するための新たな中長期の経営構造改革プランを発表した。重要課題のひとつに掲げたのが、「データ・ドリブン経営への転換」だ。その責務を担うヤマト運輸執行役員デジタル機能本部デジタルデータ戦略担当の中林紀彦は、こう語る。
「我々が抜本的な改革を成し遂げるためには、企業としての戦略デザインを明確にし、それを理解したうえで、デジタルのアーキテクチャをリ・デザインすることが必要です。そのリ・デザインは、古い建造物に建て増しを繰り返すようなものであってはなりません。都市設計のように緻密かつ大胆にランドスケープをとらえ、『鳥の目』と『虫の目』の両方を駆使しながら、デジタルという最新の資材を組み込まなければならないのです」
「YAMATO NEXT100」では、13の経営課題がピックアップされている。中林がCDO/CTOを担うデジタル機能本部は、その課題を「縦軸」と定義した。それぞれの課題が解決されることで、今後の企業体を支えていく骨太の柱となるイメージだ。この13の経営課題に対し、解決策を創発する役割を担うのが、デジタルデータを活用した5つの施策となる。この5つを「横軸」として一気通貫に組み込むことにより、組織全体の改革を遂行していく。
【ヤマト運輸のデジタルデータを活用した5つの施策】
(1)データ・ドリブン経営による予測に基づいた意思決定と施策の実施
(2)アカウントマネジメントの強化に向けた法人顧客データの統合
(3)流動のリアルタイムによる把握によるサービスレベルの向上
(4)稼働の見える化、原価の見える化によるリソース配置の最適化、高度化
(5)最先端のテクノロジー化を取り入れたYDPの構築、および基幹システム刷新への着手
「デジタルトランスフォーメーション(DX)は、料理に例えられると思います。データは素材、人工知能は調理器具と言えるでしょう。この素材と調理器具を上手に使い、成果の上がる料理をつくる必要があります。大切なのは、『誰に何を食べてもらいたいか』です。目的を定めて、それに合わせた方法論を考えなければなりません。DXが失敗する要因は、手段を目的化してしまうところにあります。やはり、『誰に何を食べてもらいたいか=企業の戦略デザイン』を知ったうえで、そこにデータや人工知能を組み込んでいくことが本筋です」
グランドデザインとしての5つの施策に対し、アジャイルな対応によって大きな成果を上げているDXの施策もある。例えば、喫緊の課題とされていた日々の業務改善への取り組みだ。需要と業務量のデータ分析に基づいた予測精度を大幅に向上させ、各地域の人員配置やアウトソースの量を最適化したのだ。当然ながら、こうした取り組みは利益率の改善に大きく寄与している。
さらには、顧客接点のデジタル化でも成果を上げている。リアルタイムで受け取り場所を変更することができる仕組みを整え、荷物を非対面で配達することも可能にした。デジタルを活かした施策により、「顧客の受け取り体験の向上」を日々アップデートしているのだ。
フィジカルとサイバーの理想的な共創を目指して
19年8月にヤマトホールディングスに参画して以来、中林は「データ・ドリブン経営への転換」を推し進めるために、その中核を担うデータ戦略部門の改革から着手したという。
「まず、グループ各社に散らばっていたデータ戦略の担当人材をひとつのチームに集約しました。そして、全体の人数を100人から300人に増強しています。データ戦略部門が成果を挙げるためには、他部門との緊密なコミュニケーションも不可欠です。『YAMATO NEXT100』で掲げられた13の経営課題を解決していくにあたり、まず最初にそれぞれの課題と直結している各部門とのディスカッションを繰り返し行いました。そのかいあって、デジタルデータを活用していく5つの施策が生まれたのです」
経営層や他部門との連携を深めながらデータ・ドリブン経営を強力に推進させるためには、社内の人材育成にも注力する必要がある。
「現在、ヤマトグループでは社内向けのデジタル教育プログラムとして『Yamato Digital Academy』を実施しています。DXの担当組織やAIのサイエンティストはもちろん、経営層や各部門でビジネスを推進するリーダークラスにも独自のプログラムを用意しました。経営層は、データを生かした経営を習得する実践的なコースでマインドセットとスキルセットの両軸を向上させ、リーダークラスは、自らの役割やミッションを明確にとらえ直したうえで、各部門のDX推進を担える知見を習得します」
こうした包括的な教育が行われていることも奏功し、ヤマトグループの改革は順調に進行している。荷物の配送というフィジカルな空間で確固たるインフラを築いたヤマトグループは、データや人工知能を生かしたサイバーな空間でいかに新たなサービスを創出していくのか。これから先、フィジカルとサイバーの両空間を自社の資産として理想的に構築する手腕が問われている。
中林紀彦(なかばやし・のりひこ)◎ヤマト運輸 執行役員 デジタル機能本部デジタルデータ戦略担当。2002年、日本アイ・ビー・エムに入社。オプトホールディング、SOMPOホールディングスでデジタル推進部門の要職を歴任。19年8月にヤマトホールディングスに入社。21年4月、ヤマト運輸の執行役員に就任。