30U30

2021.11.05

「周りは欲張り。僕は、ただ……」松山英樹が重圧のなかで明かした本心

プロゴルファー 松山英樹(撮影=高須 力)


PGAツアーやメジャーの舞台はそんな彼にとって、なにより極上の緊張感に身を寄せてプレイできる場である。世界最高の選手たちと本気でぶつかり合い、興奮を何度でも味わうためには、好結果を残し続けるしかない。世間から、内面から湧き出る二種類の重圧が体には充満していった。

等身大のモンスターと対峙


プロゴルファーのキャリアはほかのアスリートと比較しても長く、その間、何度も浮沈がある。物語のコントラストは際立つが、達成感を多く味わうぶん、そこには苦悶の連続が伴う。

身体能力の個々の差が必ずしも結果に直結しないゴルフは「経験のスポーツ」と表現されるが、経験値の少ない選手が不利かといえば必ずしもそうではなく、ミスを恐れない、向こう見ずの姿勢が実を結ぶことも多々ある。経験を重ねるほど、「あれをやってはいけない、これをやってはいけない」と、いざ一打を目の前にして恐怖心が頭をよぎり、かつての積極性をむしばんでいく。

男子ゴルファーにとって、30代に差しかかろうかという時期は、自分を疑う心との闘いだ。時折顔を出す弱気の虫におびえ、体力面でのわずかな衰えに過度に失望し、変わりゆくトレンドについていこうと必死になるあまり、培ってきたものを見失う。2017年を最後に3年8カ月のあいだタイトルから遠ざかった松山は、一定時間そこから距離を置くでもなく、いつ何時も自問して、等身大のモンスターと対峙してきた。

2021年4月11日、マスターズの最終日。18ホールを回るあいだ、脳裏には涙をのんできた先人や、年の離れた後輩たちの顔が浮かんできたという。時を超えた、多くの人々の思いが乗っていた背中には、グリーンジャケットが掛けられた。震災直後に初めて出場したマスターズからちょうど10年。当時から数えて10回目の挑戦。そして20代でオーガスタに立つ最後の日に、報われた。


2021年4月「マスターズ」で日本人男子初の四大メジャー優勝。(Photo by Mike Ehrmann/Getty Images)

歓喜の日曜日からはもう半年がたった。PGAツアーは毎年秋に開幕し、夏場に1年のスケジュールを終える。9月は新しいカレンダーの始まりで、松山は米国に拠点を移して9年目のシーズンを迎えた。

日本の男子ゴルファーで最初のメジャーチャンピオンになっても、寝ても覚めても芝生が恋しい。オープンウィークのあいだも、クラブに触れない日はほぼない。公式戦であれ、プライベートであれ、ひとたびボールを打つとあれば、どこでも、誰にも負けたくない。そしてまたスマホに目を凝らし、世界中のゴルフの情報を黙々とあさってもいる。

松山英樹にとっては、ゴルフを通じて背負った重圧、使命感から解放してくれるのもまた、ゴルフなのである。

文=桂川洋一 編集=石橋俊澄

この記事は 「Forbes JAPAN No.088 2021年12月号(2021/10/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

タグ:

ForbesBrandVoice

人気記事