生まれながらのブレントフォード・ファンであるマシュー・ベンハムがクラブを買収したのは、およそ10年前のことだ。オックスフォード大学を出て、山一證券で金融マンとして働いた経験もあるベンハムは2つの武器を携えていた。1つはスポーツ賭博関連のギャンブル業界で2つの会社を成功させたことから手にした資金である。彼は数学理論をサッカーの勝敗予想に応用するシステムを構築し、その販売で巨富を得たのだ。
2020年7月29日、パンデミックのためにスタジアムは無観客となり、グリフィン・パブで試合に声援を送るブレントフォードのファンたち。
世界のスポーツベッティングはいまや330兆円規模にまで成長している。なかでもサッカー賭博の規模は全スポーツ中で最大だ。とりわけ、プレミアリーグへの賭けは、世界中の人々がギャンブル会社を通じて参加する。賭博の元締めであるベンハムの会社の収益は、計り知れない。
もう1つの武器は長期的なプランだ。裕福なファンの多くは、少年時代にあこがれていたクラブを買収すると、いち早く昇格させようとして大金を投じるものだが、ベンハムは違った。データの力を駆使して、ほかのどのクラブよりもうまく選手を獲得したのだ。選手の売却はその戦略の一環であり、利益と引き替えに選手を失うことは計算内のこと。それでも次第に成果は挙がるはずなのだ。
ベンハムはデータを最重要視し、見捨てられた選手、ほかのクラブがまだ見つけていない才能を、ヨーロッパ中から発掘する。自身のギャンブル会社が開発する最先端の統計的リサーチとスポーツ・モデリングを駆使し、彼のクラブは「スター・メーカー」という評判を着実に築いてきた。
べンハムの手法を検証すると、彼が目をつけたのは3部以下のリーグだった。なぜなら、そこで活躍した若手選手は、タダ同然かきわめて安価で獲得できるからだ。彼が優れていた点は大当たりが非常に多かったことだろう。また格上クラブの若手選手に関しては、ローン移籍という手も使った。そして、有力選手に育ったところで高値で「売り飛ばす」。選手こそは金の卵を産む鶏なのである。まさに錬金術だ。
もう1つの強みはデンマークとのコネクションにある。2014年、ベンハムは人材の育成理論家である鬼才ラスムス・アンカーセンの著作を読み、彼に接近する。2人は意気投合し、ベンハムのデータ主義とアンカーセンの育成理論が融合するのである。そしてベンハムは巨富にものを言わせて、当時破綻しかけていたFCミッティランを買収するのだ。アンカーセンはチェアマンに就任し、翌年にはデンマーク1部での初優勝を達成する。
ベンハムは2015年から、アンカーセンをブレントフォードの補強責任者に任命し、“ダニッシュコネクション”は完成をみる。結果、2020-21シーズンには6人の選手をデンマークからブレントフォードに所属させた。ちなみに、現監督のトーマス・フランクもデンマーク人だ。