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三菱ケミカルホールディングス(MCHC)が描く2050年のあるべき社会の実現に向けて、バックキャストで2030年にどうあるべきかを明確にした「KAITEKI Vision 30」。MCHCグループは、最適な循環型社会とSustainable Well-beingを目指し、社会課題に対して継続的にソリューションを提供していくことをビジョンとして掲げる。その実現にはDX/デジタル化が欠かせない。

今回は同社執行役員/Chief Digital Officer 浦本直彦と、慶應義塾大学 SFC 環境情報学部教授/ヤフーCSOを務める安宅和人が、目指すべき未来へ向けたDX/デジタル化について意見交換を行った。モデレーターはForbes JAPAN Web 編集部 編集長 谷本有香が務めた。


近い将来、成長前提の社会は行き詰まってしまう


谷本有香(以下、谷本):DX/デジタル化の波は加速する一方です。COVID-19のパンデミックもまた、リモートワークの普及などで推進を早めたと言えます。こうした状況を、おふた方はどのように感じていらっしゃるのでしょうか。

安宅和人(以下、安宅):デジタル化自体はMIT(マサチューセッツ工科大学)メディアラボ創設者のネグロポンテ先生が「Being Digital」を書かれた1995年の前から30年ほど続くテーマです。デジタルの力でテキスト、動画などすべての情報が時間を超えて混ざり合い、情報の識別、予測、実行の自動化などいままでできなかったさまざまなことができるようになりました。多くの人がスマホという極めて高速な通信端末をもち、距離を超え、リアルタイムでつながり合い、いまや人とつながる以上に機械と対話し、機械同士も対話しています。まさに蒸気機関から電気に切り替わったレベルの大きな変化だと言えるでしょう。したがってあえてデジタル化を叫ばなくても、変わるべきものは自然と切り替わっていくと思います。

その一方で、スマートシティのようなデジタル技術を現実の物理的な社会に流し込む/移し替える試みは、あまりうまくいっていないという現実もあります。デジタル化で新しい未来を実現しようとするのなら、まず目的を明らかにしなくてはならないからです。もちろん未知の世界に対して、正確な地図は誰も描けないわけですが、方向性を定めるビジョンを示すことは、できると思うのです。

谷本:会津若松のようにまれにスマートシティ構想がうまくいっているところもあります。そうした地域を見ると同じ目的を共有できる規模というものも重要なように思えます。

安宅:そうですね。街というのは企業とは違って基本的に消えないものです。街は物理的な存在であり、 “どうありたい”という関わる人の思いと土地の記憶をもつからです。それに比べると企業は、存在価値が明らかになりにくい分、ずっともろい。そこで企業にとっては社員にわかる存在意義、最近の言葉で言えばパーパス、が重要になってきます。

近年注目されているパーパス経営自体は、日本の老舗企業やヨーロッパの古参企業が、長きにわたって行ってきたことです。とくに日本は2〜300年の長寿企業も数多く存在します。

とは言え彼らが300年前に、いまの自分たちの姿を描いていたというわけではありません。もっと柔軟に、自分たちのもち味や伝統などの価値を“守る”という気持ちで、続けてきたのです。そもそも歴史ある日本企業とは相性のよい考え方に思います。


安宅和人 慶應義塾大学 SFC 環境情報学部教授/ヤフーCSO

浦本直彦(以下、浦本):そうですね。これだけ予測できない変化が起きているなかで、企業は生き残りをかけて、しなやかに変化に対応していかなければならないわけですが、一方で、大きな方向性を忘れてはいけないと思います。ゆえに、パーパスが重要であり、“なぜ我々が存在しているのか”という問いにつながります。MCHCがその結論を得るために行ったのがあるべき未来からの逆算です。

最適な循環型社会とSustainable Well-beingを実現している2050年の未来を前提に、そこからバックキャストして2030年にどうあるべきかを明確にしたのが、私たちの中長期経営基本戦略「KAITEKI Vision 30」です。その目指す“北極星”=指針のもと、ビジネスモデル変革やサステナビリティマネジメント、人・働き方改革に包括的に取り組んでいるのです。

安宅:私はMCHCグループに、大きな期待を抱いています。なぜならば、このまま漫然と環境負荷を放置していけば、成長(人口膨張圧力)前提の社会は、文明社会初の人口減少により行き詰まってしまうからです。手なりでいってしまった場合、環境破壊が進むことで、食糧危機を迎える可能性は高いでしょう。

その解決のためには、人類が日々生み出している厖大な温室効果ガスを、ためない仕組み、削減する仕組みが必要です。生み出したものを取り込み、再利用できるサーキュラーエコノミーを実現するシステムが一刻も早く必要です。

その際に必要なのが、デジタルとケミストリーの力です。もはやESG、SDGsはCSR的な課題ではありません。むしろ21世紀後半に向けた人類存続の必要条件であり、企業がサバイブするための前提条件となる時代になったと考えても過言ではないという見解です。

浦本:「KV30」では、カーボンニュートラルをはじめサステナビリティの追求をCSRではなく、経営課題そのものとして捉えています。そして、MCHCグループでは、GHG低減や炭素循環、医療進化、デジタル社会基盤など、事業を通じた社会課題の解決に取り組んでいますが、安宅さんがおっしゃる通り、ケミストリーの果たす役割は非常に大きいと認識しています。

例えば、気候変動問題に対しては、太陽光エネルギーと光触媒を活用し、水を水素と酸素に分解、その水素と二酸化炭素を反応させてプラスチックの原料をつくる「人工光合成」など、化学的解決が実現し始めています。

安宅:さすがです。突き詰めれば、“海や大気からエネルギーを取り出す”ことさえ、MCHCグループであれば実現できるのではないかと期待しています。さらにケミカル・バリューチェーンの再構築により素材の循環が実現すれば、理想とする未来への大きな推進力になるに違いありません。

浦本:そうですね。循環型社会の実現には、バリューチェーン全体を通じて、バイオマスやリサイクル素材など、どういった原材料が使われているかトレーサビリティの技術の確立が不可欠です。それはデジタル技術があってはじめて実現できることでもあり、デジタル技術でサステナビリティ推進をどう加速するかが問われていると思います。
 

浦本直彦 三菱ケミカルホールディングス 執行役員/Chief Digital Officer

安宅:デジタル技術、データ・AIはあらゆる領域に適用できる力ですからね。ともすれば単に業務効率化と考えられていることもありますが、その利活用ははるかに大きく産業変容にまで及ぶ強力な変化を生み出します。フォトグラフィー市場がカメラ、フィルム、プリントの世界からスマホ、クラウド、インスタを中心とした世界に変わり、Netflixがいちコンテンツプロバイダーからコンテンツ制作も可能な企業へと大きく羽ばたいたように、産業のレイヤーを超え、再編する力がデジタルにはあります。

DXを成功に導く「DXグランドデザイン」


谷本:サーキュラーエコノミーの早期実現の重要性がよくわかりましたが、実際のDXの現場で、浦本様はどのような改革を進めているのでしょうか。

浦本:デジタル技術というのは経営戦略を実現するための手段です。会社としてのあるべき姿と経営戦略を、デジタル技術を用いてどのように実現するかを考えることが重要です。MCHCでは2017年からDX推進に力を入れてきましたが、いまではDXの活動と経営がより近づいてきたように思いますし、デジタル技術の活用が現場にも浸透してきたという手応えがあります。今年2月には「KV30」を実現するためのDX全体の羅針盤として「DXグランドデザイン」を策定しました。

ーDXグランドデザインー



まず、DX全体のビジョンとして、“ヒトとデジタルの協調による、持続可能な未来に向けた新しい価値創出への変革”を掲げ、そのための具体的な在り方として①マテリアル・ヘルスケア革新のトップランナー ②ソリューションで新たな顧客価値を創出する企業 ③サステナビリティ価値をデザインし、広める企業 ④ヒトが創造性を発揮し躍動する企業の4つを設定しました。

そして、ビジョン実現に必要な要素として7つの「DXイニシアチブ」に集約し、すべてのベースとなる技術、推進体制、人材を「DX基盤」として整備することを明示しました。DX推進には、トップダウンとボトムアップのバランスが重要であり、このイニシアチブは各事業会社でDXを担うリーダーとともに議論して作り上げました。この「DXグランドデザイン」のもと、各現場で従業員がデジタル技術を通じた課題解決を“自分事”化しやすくすることを目指しています。今後は、一つひとつのイニシアチブの磨き上げに加え、複数のイニシアチブにまたがる変革を推進していきます。

また、DX推進には、現在の事業課題に対して行う連続的/持続的DXと、未来を見据えて新しいビジネスを創出する非連続的/破壊的DXのバランスをとることが必要だと考えています。それが私たちが提唱している「両利きのDX」です。

まず、連続的/持続的DXについては、製造業にとって大切な“生産をいかに安定させるか”という課題に向き合い、プラントの生産工程の最適化や異常検知のほか、サプライチェーンの最適化に取り組んできました。

具体的には約40%の世界生産能力シェアをもつMMA(メタクリル酸メチル)事業では、各地域の需給状況や市況・原料動向、製品別コスト情報を、数理最適化技術を活用してタイムリーに把握できるサプライチェーンマネジメントをすでに構築しています。

もうひとつの非連続的/破壊的DXについては、現在取り組みを始めたところです。社内における価値創出に加え、顧客、その先のエンドユーザー、社会まで含めた価値創出を意識し、DXを通じて産業変容を含めたトランスフォーメーションを起こすことに注力したいと考えています。

安宅:すばらしいですね。ひとつポイントとなるのが“頑張らないで走る”ことではないかと思います。(無理をする)頑張りがきくのはおそらく2〜3年程度。そこで事切れてしまっては仕方ないですから。そうしないと、いま起こっているあらゆる変化に対応できなくなってしまいます。むしろ熱狂的な情熱で未来を創るべく駆け抜ける。


谷本有香 Forbes JAPAN Web 編集部 編集長

これからの社会に必要なのはAIに課題設定ができる人


谷本:MCHCグループが目指す、人、社会、地球の心地よさがずっと続いていく“KAITEKI”を実現するための原動力となるのは、やはり人材なのではないでしょうか。今後はどのような人材が必要になっていくと思われますか。

安宅:もはや従来の知識が役立ちにくい時代になっています。すべてのルールが変わってしまったからです。求められるのは新たなゲームを仕掛けることのできる人物でしょう。専門分野への特化だけでなく、ケミカルおよびデータエンジニアリング、データサイエンス、心理学など多分野を縦断する幅広い知識をもっている人、さらにはそれにより垣根を越えた話し合いができる人が必要です。日本の大学を見るとあまり感じられないかもしれませんが、米国では80年代後半から“専門分野の知識のみでは問題は解けない”という結論に達し、専攻領域以外の知見や技術も幅広く取り入れ、領域横断的に課題設定・課題解決に取り組む人の育成が広範に広まってきています。

浦本:確かにAI技術も、幅広く課題設定ができる人間がいなければ、革新的な活用は難しいですからね。予測のつかない社会で、もちろん情報科学系の知識を理解して使うデータサイエンス力は重要なのですが、ビジネスアナリスト力といいますか、課題を設定してデジタル技術を活用して課題を解決していく力がますます重要になってくると思います。加えて、データサイエンスを実装・実現していく力も大事です。

この3つの力を備える人材を育成することに加え、多様な人材が集まりこれらの力をチームとして備えて発揮できる組織づくりも不可欠であり、DXを推進する人材をどうつなぐかも重要になってくると思います。現場にいくとデータ分析が得意な人もいるのですが、現場でその人材をうまく活用できていなかったり、他部署の人材との連携がなかったりして個々人の能力を最大限発揮できているとは言い難い場合もある。点を線でつなぐ、面にするといった仕組みやコミュニケーションが非常に大事だと思います。当社ではデータサイエンティストのコミュニティをつくり、技術力の向上やネットワークの構築が自発的に進められています。

安宅:すてきですね。外部から入ってくるであろうデータ×AIなどこれまでにない分野の専門的な才能を有する人材はある程度、分けておくということも必要ではないかと思います。パーパスや深い価値観への共鳴を前提としつつも、評価システムなど長く醸成されてきた歴史ある企業の仕組みに完全に混ざり合わない工夫をすることで、それらのタレントの面白さを消し去らずに組織にとって価値のある存在でいてもらうことが可能になると思われます。

例えばそうした新しいデジタル人材が、アルゴリズム的な改変や既存の枠組みやレイヤーを超える見直しを通じ、短期間で大きな売上や利益を上げる決定的な貢献をしたとします。そのときに企業がこれまでどおりの人事制度ゆえに貢献に見合う評価をしなかったとしたら、その人材は一瞬で去って認めてくれる職場に移ってしまうでしょう。人が才能を存分に発揮できるピーク期間はそう長くないからです。

さらにその才能が落ち着いたとき、戻れる・活躍できる場所をつくるというのも重要だと考えます。

浦本:人材に応じた柔軟な体制の構築は重要な課題ですね。MCHCグループでは、多様性・流動性・専門性をキーワードに、人と組織の改革を行っていますが、その流れは企業内にとどまらず、オープンイノベーションによる、幅広い知見の活用も促しています。多様な価値観や専門性をもった人材が、“KAITEKI”を求心力にプロジェクトに集い、協業できる環境を構築しようとしています。

安宅:よいですね。当然、オープンイノベーションでさまざまな解決策は生まれやすくなると思います。そのうえで私がもっと重視すべきだと考えているのは、日本人が苦手としてきた価値観、美意識、倫理観、哲学、歴史に対する洞察などのリベラルアーツ的な分野の学びです。なぜなら幅広く重層的に価値を認識できなければ、正しい判断はできないからです。

その価値観の中心に据えるべきもの。世界標準で考えれば、それは“愛”です。新渡戸稲造の『武士道』的に言えば「仁」に当たります。欧米トップのスピーチやニュースの報道内容は、愛という価値基準をベースに語られています。その愛はそのまま、ともに暮らす人々への思いやりとなります。さらに後の世代への愛から、環境破壊に対する社会的責任も感じることができるようになるのです。これは企業に対しても同じことが言えるのではないでしょうか。

浦本:確かに、“KAITEKI”の根幹には、現代・未来を生きるすべての人々、地球への愛があると思います。私たちMCHCグループは、DXを通じてイノベーションの高度化を図り、顧客価値や社会価値創造に注力することで、“KAITEKI”という人や社会、地球への心地よさをもたらしていくことが目標です。

谷本:ここまでいろいろなお話を伺いました。DX/デジタル化から生まれるさまざまな革新の可能性、それを愛という基準で価値判断していく。非常に興味深いと思います。

安宅:ありがとうございます。日本社会はいまこそ、自分、まわりの人たち、他の国の人たち、地球や環境そのもの、これからの世代たちへの「愛」の視点でどうだろうかと自らを振り返り、その視点でさまざまに仕掛けていくときだと思います。DX/デジタル化でつながらないものをつなぎ、そこから思いやりをすべての人々へ広げていく。それこそが真のKAITEKI社会なのではないでしょうか。



プロフィール:
安宅和人(あたか・かずと)◎マッキンゼーを経て、2008年からヤフー。12年よりCSO(現兼務)。16年より慶應義塾SFCで教え、18年秋より現職。内閣府デジタル・防災技術WG 未来構想チーム座長、総合科学技術イノベーション会議(CSTI)専門委員ほか公職多数。データサイエンティスト協会理事・スキル定義委員長。著書に『イシューからはじめよ』(英治出版)、『シン・ニホン』(NewsPicks)ほか。

浦本直彦(うらもと・なおひこ)◎日本IBMを経て2017年三菱ケミカルホールディングス入社、人工知能やIoTを活用したDXを推進。20年4月より同社執行役員Chief Digital Officerに。前人工知能学会長(18年〜20年6月)、九州大学客員教授、静岡大学客員教授、情報処理学会フェロー。

三菱ケミカルホールディングス
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Promoted by 三菱ケミカルホールディングス| 文=清水りょういち|写真=後藤秀二|編集=高城昭夫

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