今年、各分野に精通した専門家や業界オーソリティ、過去受賞者で構成されるアドバイザリーボードと編集部で審査を行い、サイエンス&テクノロジー部門の受賞者として選出されたのが、高倉葉太だ。
目の前の水槽の中は、水質や水温、波、光にいたるまでまるで沖縄の海──。独自の環境移送技術で、サンゴを中心とした海の生態系を水槽の中に再現しようとしているのが、イノカCEOの高倉葉太だ。
目的は鑑賞ではない。今後20年で海洋の生物多様性は8~9割失われるといわれている。それを守るための研究環境を整え、100年先も人と自然が共生できる社会をつくるためだ。高倉は、落合陽一を輩出した東大暦本研出身。「憧れはスティーブ・ジョブズだった」というエンジニアは、なぜ生物多様性に魅せられたのか。
──イノカを起業したきっかけは?
子どものころから生き物が好きでした。とくに夢中になったのはアクアリウム。水槽にいろいろな機械がついていて、生き物とテック、両方の楽しみを味わえるところが魅力でした。ただ、アクアリウムの世界はマーケットが小さい。そう思って、学生時代にハードウェア系スタートアップを共同創業しました。
ところが、リバネスCEOの丸幸弘さんから「くだらない。自分の好きなものはないのか」と叱咤激励されまして。それをきっかけにアクアリウムの世界を本格的に調べたところ、あらためて生命のすごさを感じました。
ニック・レーンの著書『生命、エネルギー、進化』に、生命の起源は海底にある熱水噴出孔とする説が出てきます。いま、多くの人がAIで人間の脳みそをつくろうとしていますが、身体はつくれていない。人類はもっと海と生き物の研究をすべき。その環境を整えることが重要だと考えて、2019年にイノカを創業しました。
──環境移送技術はどのような技術か。
実際の海を約20のパラメーターで分析して、水槽の中で再現します。物理的なパラメーターとしては水温や波、光などがあり、自動制御で管理しています。ほかに水質などの化学パラメーター、微生物の状況などの生物パラメーターがあります。本当の海と同じ環境を研究室内につくれれば、サンプルを採取するために沖縄まで行かなくていい。