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朝日新聞外交専門記者


それでも、パキスタンがカーン博士との面会を許可しなかった理由について、当時の日本政府関係者は「北朝鮮やイランとの具体的なやり取りを知られたくなかったのだろう」と語る。パキスタン側は代わりに政府が形式的なブリーフィングを行い、「核の闇市場はカーン博士が独自に運営していた」と説明し、国家の関与を否定した。すでに、この時点で、世界のメディアが米国のリーク情報などを元に、「核の闇市場」について様々に報じていた。パキスタン政府の説明は、一連の報道を上回るものはなく、自分たちの関与を否定するものばかりだった。

米国はそれでも、パキスタンに常駐する中央情報局(CIA)や国家安全保障局(NSA)が通信傍受などの手段を駆使して、関連情報の収集に努めた。しかし、日本は結局、パキスタン政府の公式説明のほかは、米国から情報を分けてもらうくらいしか手段がなくなった。当時の国際社会は、インドやパキスタンの核保有を黙認する雰囲気ができあがっていた。パキスタンが第3国やテロリストらに核を流さないことを条件に、「核の闇市場」の「闇」はそのまま残された。当時の日本政府関係者は「核の闇市場にパキスタン軍がからんでいないわけがない。全貌を解明できなかったことは残念だ」と語る。

かつて、米国のケネディ大統領は、1970年代には核兵器保有国が15~20カ国にまで増えるだろうと警告した。世界は、核不拡散条約(NPT)体制を作るなど、様々な手法を使って、なんとか核拡散のスピードを抑えてきた。ただ、核保有が認められた5カ国に課せられた核軍縮の動きもまた進まない。

それどころか、最近では核の拡散を予感させるできごとが続いている。ロイター通信は8月、国際原子力機関(IAEA)の報告書から、イランがウラン濃縮度を兵器級に近い水準に引き上げていたことを確認したと報じた。サウジアラビアは、イランが核保有に踏み切れば、対抗手段に出る考えを示している。北朝鮮はカーン博士から得たウラン濃縮技術を発展させ、今では50~60発の核兵器を保有しているとされる。

カーン博士には死後、「核の闇市場の総支配人」のほかに、「NPTの破壊者」という肩書が新たに加わるのかもしれない。

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文=牧野愛博

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