ビジネス

2021.10.15 10:00

見た目と戸籍上の性別が一致しない人のために。「True Name」で登録できるクレカ


従来の慣習にはない新しいことを始めようとする時、だいたいの場合、簡単には行かない。従来のやり方には、そうなっている理由があるからだ。

実際、筆者が会社員だったころ、さまざまな改革を担うポジションにいたのだが、ささいなことでも「なぜ、そうなっているのか?」「なぜ、変えられないのか?」についてとうとうと語る人が多かったことに驚いたのをよく覚えている。

「True Name」のサービスを開始することについて、ニューヨークで開催された「World Pride(トランスジェンダー等の人々のための大規模イベント)」で告知したところ、大きな話題を集めたそうだ。最初の2週間でソーシャルメディアやマスメディアなどの媒体で20億回表示され、マスターカードに対するポジティブな感情は30倍に跳ね上がったという。

そうした反響が広まって、シティバンクなど決済を引き受ける銀行も現れ、このサービスが軌道に乗ることとなった。

多くのごく一般的な人にとっても、まさに「自分にとってTrue Name(本当の名前)とはいったい何なのか」と、自らのアイデンティティについて考え直してみる機会になったということだろう。



ライバル会社にも期待して


もう1つ、筆者が気になったのは、この取組みを行うに当たってマスターカードが「他にはできないこと」という従来の差別化視点を捨てていることだ。むしろ、この業界に変革をもたらしたいと考え、ライバルである他のクレジットカード会社も同様のサービスを開始してくれることを期待していたのだ。

実際にVISAをはじめとするライバル会社も同様のサービスを開始したと、マスターカードは誇らしげに表明している。もちろん、差別化ということで考えても、新しい動きの先陣を切ったクレジットカードという意味では、一種の差別化がなされるわけでもある。

ビジネスの世界である程度キャリアを積んで来た人は、「他と違う」という従来の差別化視点を無意識に重要視してしまう傾向がある。しかし、時に「Thought Leadership(ソート・リーダーシップ)」と呼ばれることもあるように、特定の課題やテーマに対して、企業がその解決策となり得る主張や思いや理念など(=Thought)を掲げることで、顧客から共感と評判を得られることは、以前から知られている。

「True Name」は、硬直した差別化思考からいったん離れてみることの重要さに気づかせてくれる好例でもあると言えるだろう。

連載:先進事例に学ぶ広告コミュニケーションのいま
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文=佐藤達郎

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