包丁を握らず、食材を触らず、リモートで料理を伝授


そこで「これは新しい料理人の生き方を示唆するのではないか」と直感的に思った。例えばJASRACは、音楽の著作権を持つ作詞家、作曲家、音楽出版社から複製権・演奏権などの著作権の信託を受け、音楽の利用者に対するライセンス、利用料の徴収や分配などを行っている。それと同じように、料理もレシピと調理法とブランドを登録し、NFT(代替不可能なトークン)などで著作権のやりとりをすればいい。

先の「フリガッセ・ド・プーレ バターライス添え」も、シェフ本人が調理法を録画し、JASRACのような料理の権利を守る団体に登録する。その料理を教わりたい人は、料理の著作権料を支払う。これなら、服のセレクトショップがあるように、いろんな料理人のレシピをキュレーションしたレストランが誕生してもおかしくない。

最後に食べたいもの


「人生の最後に食べたいものは何ですか?」という質問をされるたびに、思い出す料理がある。中軽井沢の「エルミタージュ・ドゥ・タムラ」で夏の間のみ供される、同店のスペシャリテ「桃の冷たいスープ」。皿の上には凍った桃が鎮座しており、上部をはずすと、コンソメをベースにした冷たいスープが入っている。ヨーグルトの酸味と桃の香りが、いかにも避暑地の夏の到来を感じさせる。

しかも、内側の実の部分も削りながら食べていくので、食べ終わったときに、桃の皮だけが皿の上にちょこっと残っていることになる。それが、魂が抜けてしまった人間の体のように見えて、最後の食事はこの桃のスープがふさわしいのではないかと長いこと考えていた。あのレシピとつくり方が有償で公開されたら、blankのゴローに早速つくってもらいたい。あ、でも料理界のJASRACができたら、blankはすぐに廃業してしまいますね!

今月の一皿




SUGALABOの「とうもろこしの冷製スープ」。実を剥がしたあとの芯を焦がして出汁を取るので、コクが出る。

blank




都内某所、50人限定の会員制ビストロ「blank」。筆者にとっては「緩いジェントルマンズクラブ」のような、気が置けない仲間と集まる秘密基地。


小山薫堂◎1964年、熊本県生まれ。京都芸術大学副学長。放送作家・脚本家として『世界遺産』『料理の鉄人』『おくりびと』などを手がける。熊本県や京都市など地方創生の企画にも携わり、2025年大阪・関西万博ではテーマ事業プロデューサーを務める。

文=小山薫堂 写真=金 洋秀

この記事は 「Forbes JAPAN No.085 2021年9月号(2021/7/26発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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