包丁を握らず、食材を触らず、リモートで料理を伝授

放送作家・脚本家の小山薫堂が経営する会員制ビストロ「blank」では、今夜も新しい料理が生まれ、あの人の物語が紡がれる……。連載第13回。


連載第3回に記した『リモートシェフ』が、パイロット版を経て、今年(2021年)4月よりレギュラー放送となった。これは1人のゲスト(クッカー)に、2人の有名シェフがリモートでそれぞれの料理を伝授する料理対決番組で、ルールは以下の3つ。

(1)食材:4人前を5000円以内。一般のスーパーで手に入るもの
(2)調理時間:30分。1人前の盛り付け完成で終了
(3)シェフタイム:シェフは1回1分間だけ直接手伝える。味見はNG

包丁を握らず、食材を触らずに、「人に伝える力」だけでおいしい料理をつくり出すことはできるのか? というのが番組テーマなわけだが、収録は毎回手に汗握る内容となっている。

まず、いちばんの醍醐味は出演する人の資質がわかること。教えるシェフ側の資質も、教えられるクッカー側の資質も、浮き彫りにされてしまうのだ。例えば次の調理の工程をてきぱきと言うだけのシェフもいれば、最初に調理のだいたいの流れを説明してから始めるシェフもいる。見ていて思うのは、「いま自分が行っている調理が何の下ごしらえなのか」「次に何をすればスムーズに進むのか」を的確に指示されると、クッカーは調理しやすいし、モチベーションも高まるように見えた。

放送第7回のクッカーはホラン千秋さんだった。ホランさんは指示の仰ぎ方がいい。シェフから「(ボウルの具材に)パプリカパウダーを振って」と指示されたら、即「何振りくらい?」、「(皿にあけた小麦粉を)電子レンジにかけてください」と言われたら、「何ワット?」と矢継ぎ早に質問する。無駄がないのだ。常に先回りして、次にすべきことをイメージして動いている。番組の構図としては、シェフがクッカーを操って料理をさせるのだが、ホランさんの場合はクッカーがシェフをリードしているかのようで、「この人は仕事できるだろうな」とつくづく感じた。

先日の収録では、クッカーとして俳優・鈴木福くんが登場してくれた。まだ16歳(収録時)の福くんは「料理はときどき」とのことだが、実際、包丁で手を切るんじゃないかと思うほど手元が危なっかしかった。

しかし、彼のつくった「フリガッセ・ド・プーレ バターライス添え」は、誰による料理かを知らされずに食べたら、「このシェフ、パリで修業してるね」と言ってしまうのではないかというくらい、おいしかった。もちろん、シェフの教え方とレシピがよかったということだろう。料理の素人をそれなりの料理人に変貌させてしまう可能性が、このリモートシェフにはある。
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文=小山薫堂 写真=金 洋秀

この記事は 「Forbes JAPAN No.085 2021年9月号(2021/7/26発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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