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2021.10.21 16:00

【Digital healthcare ×LEBER】 医師がつくった医療相談アプリによるセルフメディケーション推進が、世界の医療負担を軽減する 〜「ポストコロナ時代のヘルスケア・パラダイムシフト」#1

新型コロナウイルス感染症の拡大を機に、ニューノーマル時代へと突入したいま、ヘルスケア業界の革新が目覚ましい。オンライン診療が身近なものとなり、「予防医療」に多くの目が向けられるようになった。

そんななか、心臓外科医という輝かしいキャリアを捨て、40万人以上が利用する「医療相談アプリ」の普及に心血を注ぐ男がいる。リーバー代表取締役・CEO 伊藤俊一郎だ。彼が医師としての使命をかける「遠隔医療」の普及によって、どのようなパラダイムシフトが生まれるのか━━。

当連載では、三菱リサーチ&コンサルティング(以下、MURC)が、ヘルスケア業界に変革をもたらすと期待する国内外の企業・団体にスポットを当て、「グローバルヘルス」「プラネタリーヘルス」といった視点からポストコロナ時代のヘルスケアに迫っていく。



医療課題解決のため医師から起業家へ


伊藤俊一郎 リーバー代表取締役・CEOは、筑波大学医学専門学群卒業からちょうど10年目となる2014年、心臓血管外科専門医という誰もがうらやむキャリアを捨てた。新たに挑んだのは、老人ホームの運営および「第3の医療」といわれる在宅医療事業。「日本は先進国の中でも病床数が非常に多い国。にもかかわらず人を育ててこなかった結果、ヒューマンリソースが足りなくなっている」(伊藤)という状況への危機感から、医療を病院から施設へ、施設から在宅へ、と移行していく必要性を感じていたためだ。

順調に業績を伸ばしていくなかでさらなる課題を感じた伊藤は、2017年、再び新たな事業に乗り出す。立ち上げたのは、第4の医療といわれる「遠隔医療事業」を行うリーバーだ。伊藤が起業家として第3、第4の医療にフィールドを広げてきた背景には、「医療機関の外側で医療事業を行うことの価値と手応え」(同)がある。

「私が病院で勤務していた際に診察した患者さんの90%は、OTC医薬品、いわゆる市販薬で対応することが可能でした。ではなぜ患者さんが来院するのかというと、まずは不安だから。次に、薬をもらうためです。それならば、オンラインでの問診でもある程度対応することが可能なのではないか。セルフメディケーションで対応できるのか、対面で診察し、医師がなんらかの対応をすべきなのかをトリアージ(=傷病者の振り分け)することで、膨らむ一方の医療費や、ヒューマンリソースを適正化できると考えました」(同)

5分で解決可能な遠隔医療相談のポテンシャル


そう思い立った伊藤は早速、医療相談アプリ「LEBER」のプロトタイプをつくり上げる。LEBERは2017年度「つくばSociety5.0社会実装トライアル支援事業」に採択され、茨城県内約830の子育て世帯を対象にモニター実験を実施。その結果、患者側からは「不安が減った」「相談をして病院受診回避した」、医師側からは「回答時間が削減できた」といったメリットが寄せられ、LEBERが患者と医師双方の負担を軽減できることを実証した。
 
「実証事業の結果は、まさに我が意を得たりでした。病院勤務の経験から、『患者さんのうち、3割程度はスマホで気軽に医療相談したいと考える層ではないか』と感じていました。しかし、当時はそんなアプリはなかった。複雑な仕組みは必要ないと考えていましたし、ならばと、自ら開発することにしたのです。

とはいっても、私はITの専門家ではありません。力を貸してくれるプログラマーを探していた際、行きつけのインドカレー店の店長に相談したところ、紹介してくれたのが出稼ぎのインド人プログラマーでした。インド人2人と私、3人で開発をスタートさせました」(同)


LEBERの主要機能は4つ。シンプルなつくりなため、導入のハードルも低い(画像提供:LEBER)

伊藤がLEBERの開発でこだわったのが「非同期性」だった。1997年に離島や過疎地などに限定して開始されたオンライン診療は2016年に全国で解禁されたが、オンライン診療を実施できる医療機関は15.1%、診療件数は医療機関あたり月6〜12件程度しかない。伊藤は一向に広がらないオンライン診療のボトルネックが非同期性にあると見ていた。

「オンライン診療とは、電話やインターネットなどを通じて医師と患者がつながり、リアルタイムで行われる診療を指します。しかし、オンライン診療を病院経営の立場から見ると、診療報酬の点数が対面診療より低い、診療時間が約20分と長時間になる、採血や検査ができないので誤診の可能性が高くなるなど、デメリットが目立ちます。

一方で、LEBERを使った医療相談は、医師法に基づく医療行為ではなく、文字どおり医師による“相談”ですので、診断、処方などは行いません。患者さんが症状や悩みをLEBERに入力すると、350名(2021年9月末現在)の登録医師が隙間時間を利用してアドバイスをしてくれるので、患者さんはそのアドバイスを参考にして、薬局に行くか医療機関に行くかを選択します」(同)

実際のLEBERはこうだ。患者が症状を入力するとチャットボットが用意する詳細な症状に回答する形で問診が行われ、その結果が該当する診療科の医師に送られる。医師は症状を見ながら、対面受診の必要性を判断し、セルフメディケーションで済めばLEBERがリコメンドするOTC医薬品の紹介とともに患者にアドバイスを送る。患者には医師のアドバイスとともに、症状に適した診療科がある医療機関やOTC医薬品を購入できる薬局が表示される。隙間時間の利用というとおり、ここまでわずか5分程度で済んでしまう。


LEBERのアプリはシンプルなチャットボットで、操作も簡単だ(画像提供:LEBER)


「医師には1回答あたり数百円のインセンティブを支払いますが、彼らのモチベーションは金銭的なものではなく、隙間時間を活用することで諸々の医療問題を解決することができるという使命感にあります。また、実は医師があまり知らないOTC医薬品のことを勉強できる機会になることも、続ける動機となっているようです」(同)

ここまで話を聞いてきた三菱UFJリサーチ&コンサルティングソーシャルインパクト・パートナーシップ事業部部長 兼 Head, Center on Global Health Architecture 小柴巌和は、LEBERのような医療相談アプリの意義と普及するうえで解決すべき点について、次のとおり指摘する。

「医療相談アプリの意義は、医療格差の是正と予防医療へのシフトにあると考えます。医師の偏在は都会と地方だけの問題ではなく、地方の中でも人口密集地と過疎地では偏在があり、医師の偏在がある場所では、患者と医師双方にとって来院と往診が大きな負担になっています。LEBERのトリアージ機能は対面診療の必要性を利用者に対して示すものですから、この負担削減に対して大きく貢献するでしょう。また、気軽に医療相談することは重症化のリスクを軽減することにつながるため、結果的に医療費の削減に寄与していくと考えます。

一方で、医療相談アプリが普及するうえでの課題として、厚生労働省が示している『オンライン診療の適切な実施に関する指針』、いわゆるガイドラインとの整合性があります。この点については、国が主導し、丁寧な議論を重ねていく必要があるでしょう。医師は医療行為である診療と医療相談の線引きにもどかしさを感じる一方で、患者は医師のコメントを診療における指示と受け取るおそれがあるからです」(小柴)

日々の健康観察が本当の安心を提供する


健康不安や医療リソースの適正化など医療課題を解決することができると期待されたLEBERは、2020年に入り突如として地域社会レベルの課題解決の重責を担うことになった。新型コロナウイルスの蔓延を受けた茨城県は2020年4月から9月にかけて、筑波大学附属病院の医師がLEBERを使って県民の健康不安に回答する体制を急ぎ構築し、不要不急の受診を抑制することに成功している。

「茨城県庁から話を伺ったとき、二つ返事でLEBERを無償提供することを決めました。その結果、不要不急の受診を抑え込んだことに貢献できただけではなく、心筋梗塞などの重症疾患の患者さんが『コロナが怖い』『医療機関が大変な時に申し訳ない』という理由で受診控えしていたという、新たな課題を明らかにすることもできました」(伊藤)
医療相談アプリ「LEBER」の開発者であるリーバー代表取締役・CEO 伊藤俊一郎


伊藤は謙遜するが、LEBERが茨城県の医療崩壊を食い止める救世主になったというのが関係者の評価だ。そしていま、「元々は老人ホーム向けに開発した」(同)という健康観察機能がコロナ禍の教育現場の負担を大きく軽減し、クラスターの発生を抑制するに至っている。

「コロナ禍の学校では体温の記録や体調の聞き取りが行われていますが、このデータの集計作業が教員に大きな負担を与えていることを知り、2020年4月に健康観察機能が付いた『LEBER for School』をリリースしました。求められるのは、毎朝送られてくるリマインダーに応じて、保護者が子どもの体温と体調を送信するだけの簡単な作業です。

それまで教員が手作業で集計していた子どもたちの体温や体調の一覧を管理できるとともに、発熱状況をグラフ化したり、発熱や下痢などの発生比率をグラフ化したりして、集団感染の兆しを早期に発見できます。また、保護者が自分の子どもが通う学校がどういう傾向にあるのかを知ることも可能です」(同)

日本一のサイバーホスピタルから世界へ


LEBER for Schoolは、茨城県をはじめとする全国各地の自治体で導入されており、2021年9月末現在、全国約900校、約24万人の児童・生徒に提供されている。患者と医師の負担を軽減し、さらにはコロナ禍での地域社会や学校の課題を解決してきたLEBERについて、前出の小柴はグローバルヘルスの観点から「新興国・途上国での展開がまたれる」と期待をにじませる。

「アフリカなどの途上国では、本来、処方箋が必要な抗生物質を薬局で購入できてしまうような状況が見られます。そのような国々は薬剤耐性の懸念があり、サイレントパンデミックの危機にさらされています。ですから、市民が適正な薬を安心して購入できるようにサポートすることは、大きな意義があるのです。また、保険制度の違い等から、富裕層しか真に適当な診療・処方を受けることができない国も少なくなく、そうした地域での需要も期待されます。総じて、新型コロナウイルスの帰趨が見えないいま、医療相談と健康観察の機能を持つLEBERは極めて高いポテンシャルを秘めていると言えるのではないでしょうか。

また、日本政府の労働市場開放政策を受けて、日本に滞在する外国人労働者の数はさらに増えていくことが予想されますので、在住外国人のヘルスケアの観点からも、政府は広く日本の居住者の健康問題に向き合うことが求められると思います。LEBERを多言語化することで、その一翼を担える可能性があります」(小柴)

三菱UFJリサーチ&コンサルティングソーシャルインパクト・パートナーシップ事業部部長 兼 Head, Center on Global Health Architecture 小柴巌和


多言語化が容易なテキスト形式でサービスを提供するLEBERは、小柴の指摘を待つまでもなく、日本語はもとより英語や中国語、ポルトガル語、ベトナム語、ヒンディー語の6カ国語に対応している。さらにはLEBERの機能のひとつである「ワクチン手帳」が、ウィズコロナの観点で、国連機関からも注目を集めているという。

「NHKの番組でLEBERが取り上げられ、それを観たある大学の先生が国連機関にコンタクトを取ってくれたことがきっかけで、難民向け機関に健康観察機能とワクチン接種の管理機能を提供することになりました。海外展開はまだ先だと考えていましたが、“頼まれごとは試されごと”だ、と話に乗ることにしたのです。

いま、日本国内で40万人がLEBERを利用していて、そのうち3万人がワクチン手帳を使っています。今後、国が検討しているワクチンパスポートはマイナンバーと紐づけられるようですが、ワクチン手帳は、いつどんな種類のワクチンを打ったのかを記録して、副反応が出ればそれを相談できますし、半年ほど経って予防効果が薄れてきたタイミングで次の接種機会を案内してくれます」(伊藤)

政府が制度設計中の「ワクチン・検査パッケージ」とワクチン手帳との関係に伊藤は多くを語らないが、小柴は「ワクチン・検査パッケージアプリのAPIが公表されれば、LEBERを接種済み証明として活用することができるだろう」と語る。「ポストコロナ時代のヘルスケア・パラダイムシフト」において、LEBERにはまだまだ活用の可能性が秘められている。

「弊社は創業以来、『持続可能なヘルスケアを日本から世界へ発信する』をビジョンとして掲げてきました。ここで重要なことは、持続可能性です。今後、医療をロングテールで続けていくためには、医療費とヒューマンリソースの適正化が絶対に必要です。そのためにLEBERが果たすべき役割は、第一に軽医療で対応できる患者さんのセルフメディケーションを促すこと、第二にポストコロナのなかで健康観察とワクチン手帳の機能を活用して日本経済に寄与することです。もちろん、将来的な海外展開は視野に入れており、すでに準備段階に入った国もあります。しかしまずはお世話になった地域に恩返しをすべく、日本一のサイバーホスピタルを目指したいですね」(伊藤)








伊藤俊一郎(いとう・しゅんいちろう)

医療法人アグリー理事長 兼 株式会社AGRI CARE会長 兼 株式会社リーバー代表取締役。
新潟県糸魚川市出身。筑波大学医学部進学を機に茨城県に住み、卒業後は心臓外科医として、茨城県内を中心に約10年間従事。2015年に医療ベンチャー「株式会社AGRI CARE」として独立。同年9月、茨城県つくばみらい市に老人ホーム「AGRI CARE GARDEN」をオープンさせる。その後、訪問診療・リハビリ・入院治療とスペシャルケアホーム事業・農林水産業を事業主体とした「メドアグリグループ」として、2019年までに茨城県、千葉県、新潟県に、老人ホームや訪問診療所を設立。また、2017年にAGREE(現・リーバー)を設立し、2018年に医療相談アプリ「LEBER」をリリース。茨城県をはじめ各地の自治体や病院へのサービス提供を行うほか、新型コロナウイルス感染対策として、期間限定でLEBERの一部機能の無償提供なども行っている。

LEBER https://www.leber.jp/ 

連載「ポストコロナ時代のヘルスケア・パラダイムシフト」はこちら


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