「消えた女」と「探す女」、操られていたのはどちらなのか


秘密とともに変わり始める2人の印象


冒頭に登場するステファニーは、家事や料理専門のVlogの中でフォロワーに向けて喋っている。同様のシーンが要所要所に挿入されており、事件に発展する一連の出来事がこのVlogで逐一報告されているということが、彼女のやや芝居がかった振る舞いを通してわかる。

ステファニーという女性が、明るく積極的だがちょっと鼻につく感じの優等生ママなのは、保育園のシーンでも描写される。ファッションは、花柄ブラウスにピンクのトレーナー、デニムのミニスカ、10足10ドルの靴下と、年齢のわりに子供っぽい。

夫に死なれて保険金で暮らしているがそろそろ貯金も底をつくという背景から、あまり先の見通しを持たない出たとこ勝負の性格もうかがわれる。ステファニーを演じるアン・ケンドリックの演技には終始、コメディ要素が盛り込まれている。ミステリーのヒロインを、どこか失笑させるようなキャラクターとして突き放して描いているのが新鮮だ。

一方、エミリーは最先端モードで有名なデニス・ナイロン社でPRディレクターを務める女性。スラリとした長身を黒のパンツスーツに包みポルシェから降り立ってゆっくり歩いてくる場面は、いわゆる「素敵な人」の描写のテンプレートだ。

ステファニーが招かれたエミリーの住まいも、絵に描いたようなスタイリッシュさで、現代アートが飾られ、ピカピカのオープンキッチンは料理している形跡がない。

悠然と構えミステリアスな雰囲気を漂わせつつも、絶妙に会話をリードするエミリー。初めての豪邸で浮き足立ち、相手に乗せられて無邪気にペラペラ喋るステファニー。コントロールする側とされている側の対比は明快である。

エミリーという女性の真実を、象徴的に見せる場面が前半に2つある。

1つは、長袖シャツの上にジャケットとベストを着ていると見せて、シャツの部分は襟とカフスだけというファッション。ジャケットを脱ぎ、バリッと襟を剥ぎ取って腕と胸元が露わになるシーンは、彼女のセクシーさだけでなく、見かけと実態の違いを示している。

もう1つは、普通のマティーニをステファニーに出した後で、「本物の(本格的な)マティーニ」をつくって飲む場面。同じマティーニだがこっちが本物、あっちは偽物……これはもちろん「双子」の伏線だ。

妻の葬儀の後、幼い息子をかかえて健気に耐えるショーンと、それについほだされてしまうステファニーの急接近は、いかにもメロドラマ風に描かれる。だが、一緒に住んでくれと懇願され、浮かれてホイホイ引っ越ししてくる軽さには、決して清廉潔白ではない彼女の過去も二重写しになる。

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突然姿を消したエミリーの夫ショーンを演じたヘンリー・ゴールディング(Steven Ferdman/Getty Images)

かつてエミリーに告白されている、腹違いの従兄弟をめぐるステファニーの「過ち」と、エミリーの知られざる双子話は、それぞれの”黒歴史”としてきれいに対応しているとも言えるだろう。

対照的に見えた2人の女性めいめいの秘密の詳細が明らかになっていく過程で、ステファニーとエミリーの印象は徐々に変わり始める。

単身、デニス・ナイロン社に乗り込んだり、ショーンのあとをつけたり、エミリーがモデルになったという絵を描いた画家を探して訪ねたりと、一旦疑念を抱いてからどんどん大胆になっていくステファニーの行動。それに伴って、彼女のファッションも子供っぽさを脱し、黒を基調としたシックなものに変貌していく。

一方、エミリーの意外な弱さもその行動に現れる。優柔不断なショーンをさし置いて、エミリーとステファニーが対決する最後のシーンでは、彼女たちの衣装は出会いの頃と比べると完全に入れ替わっている。

ラストは再びステファニーのVlogだ。彼女が何を手に入れたか一目でわかるこの場面、コントロールされるがままに見えた女の恐ろしいまでのしたたかさに、驚愕しないではいられない。

連載:シネマの女は最後に微笑む
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文=大野 左紀子

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