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記者のち精神科医が照らす「心/身」の境界


消えた「スマイル」


今年の春、診察室で会社人間の悲哀を訴え、「社畜にはなりたくない!」といつもの冷静さはどこえやらの阪田さんの様子に、何かほかにストレスがあるのかと思いを巡らせた。

すると、その次の診察でこんな話が出た。

「うちのような大きな会社は意思決定を早くしないと世界のグローバルスピードについていけない。これから先、メンタル不調者がどんどん出てくると思う。東芝の事件はひとごとじゃない。僕は50代で先が見えてきたけど、下の人たちが心配。理系なら人と違うスキルを身に着けないとついていけない」

そして、ぽつり、「息子も工学部」とつぶやいた。

なんと、息子も──「理詰め」も原因?


阪田さんの長男、継雄さん(仮名、24歳)が当院を受診したのは、父の発言の3カ月後だった。父と同じ工学部に進んだ。違いは大阪と京都という大学名のみ。やはり、同じく修士課程まで進んだが、問題は就職だった。

コロナ禍で対面はほとんどない。面接対策としてインターネットの認知テストを試したら、メンタル面の点数が低かったという。もともと、継雄さんは社交的というより好きな理系の知識を増やすことに楽しみを見出すタイプ。コミュニケーション力不足をネットで知らされてストレスを感じ、睡眠1時間半の日が1週間続いた。

学生時代までは用意された答えをより早く、正確に導き出せば高い評価を得られた。ところが社会に出ればそうはいかない。答えのない、時には矛盾する状況を乗り切るには柔軟な思考力判断力が求められる。それが乏しいと改めて自覚した継雄さんが求めてきた「認知のゆがみを治したい」との訴えにどう対処するか。

まず、詳細な生育歴を聴く。子どもの時の様子が大事だ。ここで発達障害の鑑別をする。もし疑わしければ、WAISという知能検査も実施する必要がある。

聴けば、それほど問題はない。ただ、理系家族の体質か物事を理詰め一本で追求する癖はある。これはもちろん病気ではないが、自閉スペクトラム症(ASD)ではそれが極端な場合が多い。人の感情を読み取りにくいので、ロジックで詰めていくしかないのだ。実際、理系の高学歴者にはASD傾向を持つ人が少なからず存在する。

継雄さんには、雅子皇后が皇太子妃時代に適応障害を病んだ時、主治医として治療に当たった大野裕医師の著書『こころが晴れるノート』(創元社)を薦めた。

同書にはうつ病や不安症の人がモノの考え方にゆがみを持つ場合、その修正を図る認知療法のスキルが分かり易く示してある。彼ほどの知能なら、自学自習は十分にこなせる。まだ治療は緒についたばかりだが、出だしはスムーズに進んでいる。

東大・京大卒に貼る「ラベル」の意味は──


人を評価する時、レッテルを貼るな、とよく言われる。それは同時に、人の真価を見定めることがいかに難しいかを言い表している。

レッテルはもとオランダ語のletterで、文字という意味。それが転用されてラベルとして通用し、レッテルを貼るで「決めつける」という意味に広がっていったようだ。最近は平日昼間にSNSで発言すると「ニート」とレッテル貼りされるらしい。

東大・京大卒というレッテル。そこにどういう意味を貼り付けるかで、評価する側のレベルが知れるということだろう。

連載:記者のち精神科医が照らす「心/身」の境界
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文=小出将則

精神科医メンタルヘルス
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