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記者のち精神科医が照らす「心/身」の境界


オタク気質が幸い? プライドを凌駕


もともと無名アイドルの追っかけもしていたオタク気質の東出さんにとって、東大出身のプライドはさほどでもなかった。手帳を申請すると、就労移行のため作業所に通い出した。

単純作業に慣れるのに時間はかからなかった。知能指数が自分の半分ほどの障害者たちと和気あいあい、袋詰めにいそしんだ。ところがそこへコロナ禍が襲った。作業時間は午前のみとなり、楽しみのアイドルライブも中止。潰瘍性大腸炎の出血が再度悪化し、「ますます就職遠のいたな」と少し落ち込んだ。

しかし、以前と違ってあきらめることはなくなった。年が明けて手帳の認定が下りると、本格的に就活に乗り出し、障害者学校の校務補助として採用された。コロナ禍2年目に入っても休まずに出勤している。

『東大なんか入らなきゃよかった』

この原稿のため入手した書籍に、東出さんに似た境遇の元東大生たちが紹介されていた。

東大出身のフリーライター池田渓さんが昨年出版した『東大なんか入らなきゃよかった』(飛鳥新社)。

本文途中、熾烈な競争で勝ち残るため予備校講師が受験生に唱えさせるお題目が載っていた。

「東大京大、当たり前。早慶上智は滑り止め」

そうか、滑り止め大学を出た者が、当たり前大学出身者の悩みを聴いているわけだと、一瞬なんとも言えぬ思いに沈んだ。

同書には法学部からメガバンクに入ってうつ病になった著者の同級生や、官僚になったが残業月200時間でパンク寸前の先輩、地方公務員となっていじめられ1年半で辞めた後輩らにインタビューした赤裸々な実話が満載だ。いじめで市役所を辞めた後輩が地方の国立大医学部に入り直したエピソードには考え込んでしまった。

ただ、同書は東大卒業生だけの内輪話や単なる暴露本のたぐいではない。

たとえば、東大大学院の博士課程在籍5年目の女性研究者に取材して、指導教官からのアカハラ(アカデミック・ハラスメント)問題を取り上げ、日本学術振興会賞などを受賞した優秀な東大出身の女性博士が職を得られずに自殺した事件を紹介している。

読後、前政権による日本学術会議の任命問題を思い起こしたのは、いまのわが国の教育研究に対する政治姿勢へのプロテスト(抗議)が同書に含まれているからだろう。

“スマイリング・デプレッション”


阪田登さん(仮名)は関西出身の50代。大阪大学工学部から大学院に進み、大手機械メーカーに入社、名古屋に配属となった。子ども2人も工学部の理系一家だ。技術職として順調にキャリアアップしてきた。

6年前、突然の異動内示で初めての部署に配属された。管理職なのに現場で働くことになり、戸惑いながらも頑張ること3年。その代償として夜中に何度も目が覚め、まんじりともせず夜明けを迎える日々が続いた。趣味の山歩きも行く気がしなくなった。


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当院の扉をたたいたのは3年前。診察では終始にこやかな表情だった。診断はうつ病。われわれ専門医の間では“スマイリング・デプレッション”と呼ぶ。抗うつ薬処方とともに傾聴を心がけた。

初診から1年近く経った頃、家族の話題になった。長男も長女も大学は工学部と聞いていたが、2人とも私と同じ高校出身という。同窓会誌で私の講演録も読みましたと聴いて、奇遇に驚いた。

ところがその後、さらに予期せぬ展開が待っていた。

コロナ禍で仕事が減ったのに、上司が挽回しろとせっつくせいで、ほとんど改善していたうつ病が再度悪化するところまでは予想できた。ところが──。

文=小出将則

精神科医メンタルヘルス
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