では、岸田氏は一体どんな政策を推進したいのだろうか。5年近くにわたった外相時代、岸田氏を間近で見てきた外務官僚たちからは「若手官僚にもあいさつする礼儀正しい人」「官僚の説明に耳を傾ける人」といった声が漏れる。「がんこ」という声もあるが、必ずしも自分の我を通したい哲学があってのことでない。外務官僚の1人は「強いて言えば、広島出身なので、核廃絶や核の不拡散にはこだわりがある」と語る。岸田氏は外相在任中、核禁止条約やオバマ米政権が検討した「核の先制不使用」に強い関心を示したという。それでも、最後は官僚の説得を聞き入れ、日本外交の従来の方針を踏襲した。
外務省の元幹部は「岸田さんはよく言えば公平、悪く言えば面白くない人だった」と語る。外務省幹部と会食する際も、原則として全ての幹部を同席させた。元幹部は「普通なら、気心があった2~3人を連れて行く。全員連れて行けば、皆当たり障りのないことしか言わないし、人間関係も深まらない」と語る。結局、岸田氏は外相在任中に、「子飼い」と言える外務官僚を作らずに終わった。
今回、岸田氏は外交分野では人権問題や経済安全保障の強化を掲げた。実際、米政府関係者は「これこそ、我々が待ち望んでいた政策だ」と歓迎の声を上げている。米国は香港や新疆ウイグル自治区などでの人権問題、中国を排除したサプライチェーンや情報ネットワークの構築を目指しているからだ。
ただ、自民党関係者によれば、こうした政策は岸田派の若手が下書きしたものや、支持を要請した他派閥からの提案を、そのまま受け入れたケースが目立つという。外務省幹部は「人権問題といっても、日本で米国のマグニツキー法(人権制裁法)を作るのは相当難しい」と語る。日本は欧米よりも中国との経済関係が密接なうえ、普遍的な人権や民主主義の価値について議論してきた土壌もほとんどないからだ。経済安保についても、大企業関係者は「(中国通信大手の)ファーウエイを使うな、といった指示なら実行もできるだろう。でも、複雑で巨大な国際市場のなかで、中国製品・部品を一切使うなという指示に従うことは不可能だ」と語る。中国との経済関係をどこまで認めるのか、指導者の強い信念と哲学がなければ、誰もついてこないだろう。
岸田氏は、安倍、麻生両氏によって首相というポストは得た。「全力で走る」と言っている以上、ポストに満足して眠りこけることはないだろうが、どこに向かって走るのか、走って体力を消耗する(政治リソースを使う)ことを恐れずにできるのか。それは、岸田氏がどのような政治を行うかにかかっている。
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