ただ、今年のOMFはこれで終わりにはならなかった。
デュトワが指揮するコンサートは実際に松本でSKOとともに演奏され、その様子がオンラインで配信されることが、中止決定の3日後に発表された。正直なところデュトワの来日を取りやめ、世界中から集まる約100名のオーケストラの松本滞在もなしに完全に中止にしてしまった方が、金銭的な損害は少なく済んだものだと思われる。しかし完売公演のチケットをすべて払い戻して、全世界に無料で配信するという。
(c) 大窪道治/2021OMF
「2年続けて中止というのはどうしても避けたかったですし、来年の30周年の盛り上がりにつながるようなかたちで、なんとか演奏を届ける方法はないものかと委員会みなで思案しました。昨年の中止もあり、予算的な余裕はもちろんないのですが、そもそも記録映像の収録の準備はあったのと、これまでのCDを発売しているユニバーサルミュージックからYouTubeを活用した配信方法の提案してもらえたりで、実現できそうな流れになりました」と事務局長は続ける。
中止の発表の直後から、SKOの主要メンバーのひとりでもあるヴィオラの川本嘉子さんも、「無観客でも配信、ないしはテレビ収録だけでもやる方法を模索しています」と言っていた。「今年こそは松本で、このチームで演奏したい」というオーケストラのメンバー各々の想い、デュトワと小澤征爾の60年以上にわたる深い絆など様々な要素が作用し、まるで音楽のみえない力に導かれるように実現へと辿り着いた印象を受けた。
デュトワは有観客の公演ではなくなったにもかかわらず、予定どおり8月27日に来日した。彼は、小澤征爾がボストン交響楽団(BSO)の音楽監督だった時代には、そのお膝元であるタングルウッド音楽祭に毎年のようにゲストコンダクターとして招致されていて、そのときから「サイトウ・キネンの話はセイジからよく聞いていた」という。
ちなみに、小澤征爾のもうひとつの手兵オーケストラであり、SKOの主たるメンバーたちで構成されている水戸室内管弦楽団の話もよく聞いていたとも会見で話していて、遠くない将来こちらでの共演も期待したいところである。
所定の待機期間を経て、マエストロはオーケストラとのリハーサルに入った。コンサート2日前の9月1日に小澤総監督は現地で86歳の誕生日を迎え、SKOのみなみなは壇上からハッピーバースデーの演奏を贈ったという。
(c) 大窪道治/2021OMF
ありがたいことにメディア枠で取材できることになった僕は、コンサート当日、通いなれたキッセイ文化ホールに、余裕を持って開演1時間ほど前に到着。取材陣も、抗原検査で陰性を確認した後にホールに入り、わくわくしながら開演を待つ。そしてオーケストラが入場し、チューニングを終え、マエストロの登場。待ちに待った演奏がはじまる。小澤総監督も観客席にいた。