広告主企業では、CMに字幕が付けられるという事実を知らなかったり、「なぜ字幕を付ける必要があるのか」が理解されていなかったりする。小出は「企業が社会的価値を高めるためにも多様性への配慮は重要です。また、マーケティングの側面から言えば、訴求したいターゲットの一部を失っていることにもなります」と指摘する。
実際に聴覚障害者へのアンケートでは、「テレビCMに関心がある」人が67%。「字幕付きCMのほうが商品を買いたくなる」という人は96%にものぼった。多くのニーズがあることが分かる。
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テレビ局の課題は、字幕付きCMを放送できる枠が限られていたこと。その背景のひとつとして、ひとつの番組に複数の企業が提供している場合、字幕が付くCMとそうでないCMが混ざるため、「字幕を付けていない広告主が悪目立ちしてしまうのでは」といった懸念があったという。
また、“クローズド・キャプション”はCM本編とは別の信号で放送されるため、「タイミングがずれて別のCMに字幕が被ってしまうかも」という疑念もあった。テレビ局にとってCMは事業の根幹であり、安全・確実な運行が求められる。「実際にはその確率は極めて低いのですが、業界内ではなんとなく恐れる風潮がありました」(小出)。
さらに広告制作の現場でも、字幕広告の制作手順が周知されておらず、字幕を取り入れようと提案する者がいなかった。日本広告業協会の沼澤忍(電通事業企画局 チーフディレクター 兼 電通西日本 常務執行役員 グロースプランニングセンター長)によると、字幕付きCMは、放送上のレギュレーションに詳しい専門のエンジニアがいるポストプロダクションが請け負うことになるという。
「ポスプロによる字幕制作のコストは1タイプ十数万円。CM制作費が数千万円単位であることを考えると、少しの追加出費でより多くの方に見ていただけるようになるので、ぜひ積極的に取り入れて欲しいです」(沼澤)。