栗野:イタリアは共産主義の国ですよね(笑)。ミウッチャ・プラダもそうだったし、欧州最古の大学で知られる古都ボローニャは「左」よりです。19世紀の社会主義に共産主義が乗っかっているというか、ユマニテ、人間主義ですよね。イタリアにはまだそれがある気がします。
中野:イタリアでも、レンツォ・ロッソが率いるOTBが「ジル サンダー」を買収したりと、コングロマリットに向けた動きをしている資本も見られます。
栗野:思想性うんぬんというより、レンツォ・ロッソはお金をもったロックンローラーではないか(笑)?
人はメッセージを買うわけじゃない
安西:私はイタリアを見ながらハンガリーを調べていこうと思っています。ハンガリーは、周辺国から強い影響を受けた複雑な歴史を背負っているゆえに、ファッションを政治的なツールとするわけではないのだけれど、意識せざるをえないところで闘わざるを得ないのです。
栗野:この手の話をすればするほど、ファッションというのは政治的にならざるを得ないですよね。生産と労働の問題もそうだし、社会に対する態度とか、民族のことなど、考えざるを得ない。考えざるを得ないということを公に出す、そこから前に進むことが重要かな。
ハンガリーやベルギーのような小国で、なおかつユダヤ人とどういうつきあいをしてきたか、複雑なストーリーを持っているからこそファッション産業で成功できたというところはありますよね。アントワープ、ブリュッセルに関しては、ユダヤ人のダイヤモンドや毛織物を守ることによって富を得たところがあります。でなければアントワープのモードなんて世界に出てこれなかったはずです。
安西:先日、アメリカでファッション文化史を教えている人にインタビューし、ブルックスブラザーズが奴隷制のもとに成り立っていたとの研究成果を聞きました。19世紀から20世紀にかけての繁栄は奴隷制度抜きに発展しなかった。これに対して私たちはあまりにも鈍感です。
栗野:シニカルな見方をすれば、LVMHプライズでアフリカのデザイナーが頻出するというのも、そのことに対する目配りということもありえます。昔ひどいことをしたのでなんとかしなきゃという負い目のような。
LVMH会長のベルナール・アルノー(左)とLVMHプライズ創設者のデルフィーヌ・アルノー(右、Getty Images)
去年のプライズでは大賞は出さず、全員に500万ずつ配りました。その中の一人に南アフリカのデザイナーがいたのですが、その人の作品は印象に残っています。ヨーロッパには伝統的に田園風景を描いた服の模様や壁紙があるのですが、そのように見せかけて、よく見ると奴隷の物語が描き込んである。当事者だから彼女にしかできない。そこまでやる人も出てきたんですね……。
政治的なメッセージがありながら、結果、デザインはかわいい。だから評価されたのでしょう。人はメッセージを買うわけじゃない。メッセージはわかるけどかわいくないのはダメですね。
中野:どんなに重たく暗いものを背負っていても表層はあくまで軽やかで美しい。美しさで魅了しながら、いつの間にか残酷で悲痛なくらいのメッセージを届けている。かわいく表現されているのが実は奴隷の物語だったと気づいた時には、泣けてきます。それがファッションの知的な面白さ、奥深さですね。
これまで支配される立場に甘んじていた層が自尊心を獲得して声を上げ始めるという意味での「脱・植民地化」がますます進む今後は、政治的メッセージと不可分になったファッションが増えてくると予想されます。お話を聞いてあらためて、ファッションが伝える現在の世界の状況が確認でき、これからのラグジュアリーの方向性が見えてきたような気がしています。ありがとうございました。