ユナイテッドアローズ栗野宏文が「農業」に注目する理由

ユナイテッド・アローズ上級顧問の栗野宏文氏


栗野:20世紀後半以降のラグジュアリーブームは、先ほどお話に出たように、プチブルジョアジーが支えたものでした。彼らの社会的地位へのこだわりが原動力になっていた。それが、サブプライム以降、コロナ以降、ゆらいでいます。

彼らの子供たちは、「そんな高い靴を買ってどうするの? どこかに困っている人がいるのに」と親に向かって言う世代です。そんな子供世代がこれからの消費を担っていきます。

コロナ禍が来たとき、経済学者のジャック・アタリは、「利他主義があればコロナ禍は乗り切れる。利他主義こそが答え」と言いました。理想主義にきこえるかもしれませんが、利他主義的な考えや行動は結局、自分にも利する。故に社会に福音もたらします。そして利他主義にねざしたラグジュアリー感もあります。

そのひとつが、応援消費です。自分がお金を使うことで誰かの役に立つ、という考え方に支えられた消費です。買っているものがそれを背負う。今後、そんな消費が増えるのでしょう。「何にお金を使ってハッピーになるか?」ということですね。一晩で5万円のディナー、100万円のクロコのバッグ、みたいな消費は衰退します。

お金を儲けること自体は悪いことではない。ただ、オールドスクールのお金の使い方自体がもはや通じないし、結局人がハッピーになれない。

中野:ラグジュアリー商品の価格には社会貢献への費用が含まれている、だからそこにお金を払って間接的に社会貢献する、とみなすZ世代はすでに多いですね。

栗野:これは私見ですが、もう一つのキーワードは「ファッションと農業」です。私は常々、ファッションは農業であると言っているのですが、コットンも麻も地面から生えたものを使いますし、羊が食べているものも草です。ファッションは、プロダクツではなく食べ物に近いのです。地球の産物なんだという感覚を濃くしていくと、ファッションにとっても農業にとっても人々の暮らしにとっても、よい循環が生まれていくはずです。


英国コッツウォルズで飼育されている羊たち(Getty Images)

中野:人権の問題ともつながってきますね。新疆綿(新疆ウイグル自治区で栽培される綿)の問題とも。

安西:農業から化学産業にいったという側面もありますね。

栗野:化学産業自体が行き詰っています。分解できる繊維、害を及ぼさない繊維も開発されているので一概に否定しないけれど、20世紀後半型の科学の進歩とか、それといっしょくたになった資本主義的消費社会、たくさん作って違う国に持っていって売ろうというような帝国主義をいかに超えるか、ということが課題になっています。

いま、マルクス研究の本が売れていますよね。白井聡さんの『武器としての資本主義』や、斎藤幸平さんの『新人世の「資本論」』。斎藤さんはお洒落な方で「ボロは着てても……」というタイプの共産主義者ではない。資本主義をやめるか大胆に修正しないと人類に未来はない、という本が20万部も売れて影響があるということが面白いですね。

中野:ブルネロ・クチネリの『人間主義的資本主義』はお読みになりましたか?

栗野:まだですが、クチネリは利益を村の復興に還元していこうと行動している人ですよね。

安西:クチネリは(英国の美術評論家)ジョン・ラスキンのことをかなり好きです。ウィリアム・モリスのアート&クラフト運動を若い人たちが見直していますが、モリスの師匠もラスキンです。社会性のところにおいて、利他の話もそうだけど、今後、10年くらい先のラグジュアリーの在り方として、そのような考え方はキーとなりますね。
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文=中野香織

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