栗野:2014年の初回から審査員を務めています。LVMHプライズは授賞者側、受賞者側、お互いがブレイクスルーすることを兼ねた新人コンテストですね。たしかに最初のころは、きらびやかなラグジュアリーのテイストを打ち出してきた人もいました。でもそういう人は消えていきました。
この8回で、民族、サステナビリティ、ダイバーシティ、クラフトマンシップ、そういう方向の人が増えています。大賞をとる人もそっちです。おととしはナイジェリアのデザイナーが、次の年は日本人が獲得しました。どんどんヨーロッパ中心主義ではなくなっています。このプライズから、LVMHは次の美意識みたいなものを探していると思います。
安西:LVMHが受賞者を育てていくシステムはありますか?
栗野:賞金は30万ユーロ(約4000万円)、そのほかに一年間の指導があり、ものづくりとMDと広報の指導をしてくれます。ネガティブな見方をすれば、LVMHは新たな才能を「まるかかえ」できるわけです。
安西:入賞者が自分でスタートアップとして成功している例はありますか?
栗野:2017年のグランプリ「マリーン・セル」がそうです。日本ブランドの受賞という意味では「ダブレット」があります。ラグジュアリーとはくくれませんが、ブランドとして成功しています。
LVMHの本音としては、第二のジョナサン・アンダーソンがほしいのでしょう。「ロエベ」は彼をヘッドハンティングしたことによって格段によくなりました。ああいう才能あるデザイナーがいないかな、と思いながらLVMHプライズに取り組んでいる、と見えます。
デザイナーのジョナサン・アンダーソン。自らの名を冠したブランドを展開するほか、2013年から「ロエベ」のクリエイティブ・ディレクターを務める(Getty Images)
「文化の盗用」問題の難しさ
安西:応募してくる方々はロンドンのセントラル・セントマーチンズで学んでいたりする方もいらっしゃると思いますが、すでに応募の段階で、ラグジュアリーの「世界語」をわかっているのですか?
栗野:世界語をしゃべりつつ、ローカルカルチャーを背負ってきています。少し前までは、グローバル、インターナショナルになることが求められましたが、それは単に白人化ということでした。そうではなくて、元のカルチャーの深度を背負ったまま、世界へ出る。そういうほうがうけるという傾向が強まっています。
安西:審査のときに、「文化の盗用」は問題になりますか?
栗野:アフリカ人デザイナーはアフリカらしいものを出してくる。日本人デザイナーも日本っぽいものを出してくる。今のところ、そういう傾向しか見られません。背負っているカルチャー以外のものを安易に持ってくる人は、選別の段階で振り落とされるでしょう。オリジナルではありませんから。LVMHが求めているのは、オリジナルであること。それがいちばん高い付加価値をもつので。
中野:とはいえ、何年もクリエーションをやっていくなかで、マンネリを迎え、他文化にインスピレーションを求めるということも出てきませんか?
栗野:ネタはどこでもあります。道端でひろったものとか。1970年代の高田賢三は、世界を旅するという感覚でデザインされていました。当時は許されたけど、いまそれをやると「文化の盗用」といわれるかもしれません。賢三さんのようなリサーチをするデザイナーは、今はいないかも知れません。オーディエンスの側がインターネットでいくらでも拾えてしまう。ので「それ、知ってるよ」と言われるかもしれません。