きらびやかなラグジュアリーの終焉とLVMHプライズという才能探し

LVMHプライズで2017年にグランプリに選ばれた「マリーン・セル」(Getty Images)


安西:LVMHプライズでローカルカルチャーという場合、どれくらいの範囲のことをいうのでしょう? ハンガリーのあるスタートアップにインタビューしたところ、ハンガリーという国ではなくて、ハンガリーの一地方のローカリティを強調していました。ローカルカルチャー云々というと、ナショナリズムとつながりやすいと見ています。

LVMHプライズで勝ち上がってくる人というのは、ローカルの範囲をナショナリズムのような形でとらえているのでしょうか、あるいは人口5万人とかの小さなエリアを何らかのアイデンティティと結びつけて出てくるのでしょうか?

栗野:おそらくデザイナーはそこまで考えていません。そこが工芸と服との違いですね。工芸は特定のローカルで作られる。でもファッションはそうではない。Suzusanは、有松で作っているので、焼き物などと近いですね。有松でしか作れない。インドの刺繍、ヴェネツイアのガラスと同じです。

文化的リテラシーの向上が鍵になっている


安西:世界の大学にはラグジュアリーマネージメントコースがありますが、そこで一番強調されるのが、異なった文化の理解なのです。アントワープやセントラル・セントマーチンズといったハイファッションの世界に多く人材を輩出している大学で学んだような人は、異なった文化を知り、そのうえでローカルなものを作っていく。でも、日本の起業家やクリエイターの場合、異なった文化に対する理解が欠如したまま、ローカル文化と言っているところがあります。

栗野:面白く、かつ重要な観点ですね。日本でいいものを作りながら世界に出ていけないのは、ローカルの中のローカルだから。海外に出ようと意識して、ローカルカルチャーを薄めて成功した人もいます。ローカルカルチャーを背負いながら普遍性をどう獲得してくのか、問われるところですね。

今度、名古屋のクラフツマンたちがどうやったら世界に出ていくのか? というシンポジウムに参加するのですが、名古屋の目標は京都なのです。京都はブランディングができています。それは、いろいろな人が京都の魅力を語ってくれたからです。名古屋にはその魅力を翻訳できる人がいない。名古屋にかぎらず、世界に翻訳していく人、伝えていく人が重要です。


ユナイテッド・アローズ上級顧問の栗野宏文氏

安西:文化の盗用問題を見ていてはっきり感じるのは、商品企画やデザインという領域、本社の中にあるクリエイティブ部門にいる人が、異文化に対して思いのほか鈍感ということです。地域問わず、クリエイティブ部門の異文化教育が課題かなと思っています。

栗野:2018年の「ドルチェ&ガッバ―ナ」の炎上がわかりやすかったですね。あんなに成功していて、あんなに中国に進出しているのに、相手がむっとすることがわからないのか、と驚きました。これまでは洋服だけつくっていればOKというところがありました。デザイナーも60代で、鈍感でも問題がなかった。しかし、下の世代は、それではやっていけないとわかっています。

中野:世代の問題でしょうか?

栗野:世代と教育でしょう。アメリカの野球解説でも、大谷翔平さんに対してちょっと人種差別的な揶揄をしておろされた解説者がいましたね。野球解説でメディアに出てくる人気のある人でさえそうなのです。

文化の収奪問題は、アフリカでも話をしたことがあります。たとえば、アフリカ民族音楽の後継者という日本人がいました。彼女はアフリカの音楽家に弟子入りして、めったに教えてもらえない奥義を学んで持ち帰りました。個人の努力としてはすばらしいのですが、でも、それでアフリカはうるおうのか? 返すものがないのではないか──。

彼女とは別の日本人が修行途中でそれに気がついて、違う路線にいきました。文化の収奪をやってはいけないな、と。もっともっとみんなが気にしなくてはならないことですね。(9月25日公開の後編に続く)

文=中野香織

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