プロキックボクサーの挫折から奮闘。広告運用のスペシャリストへ

植野大輔(左)と藤原彰二(右)


常勝軍団になれば、仕事を楽しめる


植野:LINEの前のオプト時代、どんな仕事をされていたんですか?

藤原:多少のジョークは入っていますが、僕の肩書は「特命係長」でした。

植野:えっ、名刺にそう書いてある!?

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藤原:実話です(笑)。タスクフォース系の仕事を請け負う「ひとり部署」でした。当時、グーグルのシステムが変更され、運用フローを変える必要があった。役員陣が慌てて僕に特命を下しました。「こうしたら20%改善する」と計算して実行したら、本当に一日で実現しました。

いまの仕事につながっていますが、僕の仕事は「問題解決業」です。どんなプロセスを踏むと問題が解決できるかを考えるのが好きなんです。たまたま具体的な専門領域が広告運用でした。

植野:業務がオペレーショナルになって解決すべき問題がなくなると、仕事が面白くない。

藤原:それはあります。問題がなくなった現場から退散するんですよ、僕は。オプトでの後半はアメリカにいました。2015年当時に盛んだったシリコンバレーへの投資事業と、現地の最新情報をいち早く仕入れる2つの特命です。グーグルの広告パートナーは海外勢が多いので、アメリカ発のビジネスモデルが日本にようやく5年ぐらい遅れて入ってくるんです。

植野:5年先の未来を収集しに行ったんですね。

藤原:そのときのトレンドはO2Oです。まだ、日本だとO2Oというキーワードは話題になり始めだったと思います。

植野:ヤフーなどが言い始めていましたね。

藤原:その後、アメリカに残らないかとお誘いがありグーグルに行きかけたんですが、やっぱり日本に戻ろうって。海外の食が合わなくて。僕、大のご飯党なので。

植野:根本的な問題ですね(笑)。なぜLINEに?

藤原:投資をやっていたからシリコンバレーの会社を見ていたのですが、アメリカですら10個のサービスを世に出して、そのうち1個が当たるか当たらないかという確率でした。日本に戻って、40歳までに10以上のサービスをやれるところがいいと考えてLINEを選びました。

植野:そのLINEでサービスを立ち上げるなかで初めてCxOに就いたんですね。

藤原:いまは出前館と合体しているO2Oカンパニーという組織のCMOになりました。僕はウェブサイトを自分の手でいじるタイプなので、マーケティングの話だけでなく「こういうコーディングにしよう」とか「データをこう蓄積すればいい」という会話を現場としていました。
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文=神吉弘邦 写真=高橋マナミ

この記事は 「Forbes JAPAN No.084 2021年8月号(2021/6/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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