書籍や雑誌、WEBメディアでの仕事をこなしながら、個人で出版レーベルを立ち上げるなど、フリーランサーとして順調とも思えますが、お悩みは山ほどあるそう。とくに、すぐにでも「どうにかしなければ」と危機感を抱いている「モチベーション管理」と「交渉」について、お悩みピッチにノウハウを学びに来ました。
お悩み「モチベーション管理と交渉ってどうすればうまくいく?」
富永さんは、大学院修了後、編集プロダクションと出版社でキャリアを積み、2018年に独立したフリーランスの編集・ライターです。
書籍の企画・編集、雑誌やWEBメディアでコンテンツ制作をしながら、今年、個人で出版レーベルを立ち上げ、8月には記念すべき1冊目の書籍を発売。何も問題なく順風満帆のように見えますが、独立当初から続く、2つの大きなお悩みを抱えているそうです。
1つ目は、仕事に対する「モチベーション管理」。自宅の一部をオフィスにしていることもあり、オンオフの切り替えができず、ついダラダラ、ゴロゴロしてしまうそうです。コロナ禍の影響で取材までもがリモートとなり、よりメリハリがつけにくくなったことで、仕事に対するモチベーションの維持が一層難しくなったといいます。
2つ目は、クライアントとの「交渉」。特に報酬については、「希望を言うことで、もしかしたら次から仕事をもらえなくなるかもしれない」と臆病になり、会話をするにも気が引けてしまい、気がついたら金額と不釣り合いな仕事を抱えてしまうことも少なくないのだとか。かといって、断るともう次はないかもしれないし、交渉すると、「面倒くさいやつ」と思われるかもしれないので、これも次をなくすリスクになるかもしれない。考えすぎて、返信メール1通書くのに1時間かかるなんてこともしばしばあるそう。
こんなことに頭を悩ませている時間がもったいない! そう思い立った富永さんは、すぐにでも実践できる解決策を教えてもらえないかと、お悩みピッチに参加しました。
するとお助け隊からは、それぞれのキャリアのなかで培ってきた実践的なノウハウが共有されました。仕事の時間管理、選定基準、受け方など、2つのお悩みをクリアに導く手段はさまざま。業界も拠点も異なる5人の意見から共通して見えてきたのは、フリーランスとして働くための支えとなる「軸づくり」でした。
「モチベーション管理」には時間割とノルマで達成感を得よ!
「この2つのお悩みは、誰でも一度はタッチするはず」と、ファシリテーターを務める齋藤潤一さんは、まずはモチベーション管理のお悩みから話を進めました。最初にアドバイスを求めたのは、富永さんと同じ業界の先輩、フリーライター・ブックライターの上阪徹さんです。
上阪さん
「僕の最大のモチベーションエンジンは、『お願いされることへの喜び』なんです。必要としてもらっていることが一番うれしいので、それに応える。自分のためだけだと限界がありますが、ほかの誰かのために仕事をすると、結構力が出るんですよね」
毎月1冊の書籍を執筆しながら、インタビューをはじめとした膨大な仕事をこなす上阪さんは、もうひとつ、自身のオペレーションを実現できるテクニックを惜しみなく教えてくれました。
上阪さん
「すぐに実践できるのが、時間割での仕事管理。若いころは今以上に激しく働いていたので、仕事の時間管理が大変だった時期があったんです。そこで、ワークタイムを1時間ごとに区切り、ひとつの作業にかかる時間を見積もって、何時に何をやるのか、学校の時間割のようにすべて配分することにしました。多くの人は、スケジュールにアポイントと会議の予定しか入れていないですよね。でも、肝心なのは準備や作業をする、いわゆるデスクワークの時間。我々の職種であれば、原稿執筆にかかる時間もスケジュールに入れるようにしました」
さらに、効率よく回すためには、自分の脳が一番働く時間――つまり、“自分のゴールデンタイム”に一番厄介な仕事などを当てていくのがいい、と続けます。
上阪さん
「そうやって仕事のプロセスの分解と時間配分を癖にしていくと、新しい依頼が来ても、必要な時間がすぐに判断できるようになります。もちろん最初からうまくはいかないので、まずはバッファをもたせながらも、自分にどんどんプレッシャーをかけていく。そうすることで、次第に効率を上げられますよ」
「積み重ねてきたノウハウをごそっと共有いただきましたね!」と齋藤さん。一方の富永さんは、「時間割通りに動けるかが心配です」と自己管理に不安な表情を浮かべます。すると上阪さんはそんな富永さんに、「フリーランスって、あまり日々の達成感ってないじゃないですか」と投げかけ、これには富永さんも激しく同意します。
上阪さん
「自分で決めたノルマをこなすことって、すごく達成感があるんです。フリーランスは、黙っていても誰もモチベーションを上げてくれません。自分でエンジンをつけなければならない。それでもダラダラしてしまうときは、その日は思い切って休んでしまいましょう。翌日からのスケジュールを組み直して、また頑張ればいいと思いますよ」
一方で、ローカルノマドとして各地をめぐる事業プロデューサーの安川幸男さんは、「1日に4~5時間ぐらいしか働かないようにする」と、まったく逆方向のアプローチを提示しました。
安川さん
「私は短時間に集中して仕事をし、1日フル稼働しないようにしてるタイプなんです。7時から12時の5時間だけ仕事をして、午後からは読書したり、人に会ったりしています。基本的には車で移動をしているので、運転しながら内省したり、移動自体を楽しんだりもしています。もちろん、お金は大事です。ただ、ある時に『自分がコントロールできる時間こそが財産』だと思ったんです。だから、自分がしたいことをできる時間は、しっかりと取るようにしています。その代わり、土日はありません」
そうした働き方にたどり着いたのは、ライバルが多い東京を出て、日本で人口が一番少ない鳥取に移住したことが大きかったといいます。
安川さん
「『どのポジションで食べていくか』を考えることはとても大事。地方に行くほどライバルは減ります。私は『ローカル』と『クローズド』というポジションで食べているので、基本的に紹介制で仕事を受けることが多いのですが、そうするとお客さんも『仲間』になるんですよね。仲間のために仕事をすると、モチベーションは自然と上がります。私の場合はローカルかつクローズドな戦略をとったことがよかったと思っています」
時間の使い方はまったく違いますが、モチベーションの維持には「誰かのために仕事をする」のが2人の共通項。ただ、それは他人軸ではなく、あくまで自分軸でコントロールすることが前提です。
安川さん
「職種によると思いますが、時間を管理するために、私はスポットの案件は一切受けず、月額の仕事しかやりません。収入を月額で安定させるのは、個人事業主にとって大事だと思っています。地方移住をしたことも大きいですが、このやり方で家族4人がちゃんと暮らせています」
「交渉」するなら根拠となる仕事の内訳を用意せよ!
月額で収入を安定させる――自由に生きるフリーランスのイメージとは、かけ離れた話のようにも聞こえます。しかし、これはもうひとつのお悩みである「交渉」にもかかわってきます。「交渉については、以前ご一緒させていただいたことがある菅本さんに聞いてみたい」と、ファシリテーターの齋藤さんが話を振ります。
というのも、以前、齋藤さんは菅本さんに仕事を依頼したことがあり、交渉の場面で見せたプロフェッショナルな姿勢に心打たれたといいます。
菅本さん
「こちらから提案する際は、どんな作業にどれくらいの金額がかかるのかの内訳を出して、見える化をしています。クライアントにも予算がありますから、それを基に、必要なら部分的に削るなど、お互いが一番いい形に着地できるようすり合わせをしています」
食や観光のプロモーションを手助けする旅するおむすび屋の菅本香菜さんが、依頼された案件の最初に必ず手を付けるのは、作業と金額の明細化。それが交渉をスムーズに運ぶ根拠となるそうです。
菅本さん
「逆に、予算が決まっている場合は、金額が低くてもワクワクするならかかわらせていただくし、金額が高くてもちょっと違うなって思うものはお断りする。ある意味、それがフリーランスの特権かなと思っています。楽しい気持ちで仕事ができることを大事にしてるので、いただいたお仕事ならなんでも受ける、ということはありません」
目的は少し違いますが、安川さんと同様に、菅本さんも月額の仕事をいくつか持っておくことを心がけているそうです。
菅本さん
「スポットの仕事ばかりだと、『今月は収入が少ないからこの仕事も受けなきゃ』みたいな姿勢になりがちです。ある程度の安定した収入があれば、自分の価値で仕事を選んでいけるようになると思います」
地域コミュニティやリモートワークをテーマに、事業推進やエンジニア、ライターなどさまざまな形でかかわるフリーランス、吉井秀三さんは、「何を交渉するのか」に重きを置いていました。
吉井さん
「金額の交渉は難しいと思いますが、業務の質や中身なら調整しやすいのではないでしょうか。ミーティングの頻度や中身、チェック方法などを変えて、コストを安くしていくのはありでしょう。それに、自分だけで受けるのではなく、別の人と一緒に仕事をシェアさせてほしいという交渉もいい」
例えば月額50万円という仕事の依頼があったとき、同じ業務を2人で担当し、その仕事に対する自身の工数を減らします。報酬も25万円になりますが、作業量が軽減することでバランスが取りやすくなるようです。
吉井さん
「プライベートで何かあったときも動きやすくなりますし、自分のタスクが少し楽になってほかの仕事を増やすこともできます。もちろんクライアントとの合意があってできることなので、こういったスタイルを交渉するのもいいのではないでしょうか」
続いて、社会課題の解決に結びつく活動をする臨床心理士のみたらし加奈さん。「ソーシャルグッドになるものなら、受けるようにしている」と、仕事を引き受けるか否かの線引きをしたうえで、聞きにくいことがあった場合の、臨床心理士ならではの交渉術を教えてくれました。
みたらしさん
「臨床心理士として、予診時にギャンブル歴や麻薬使用歴などを聞かなければならないときもあるんですが、初対面で聞くと、なかには怒る方もいらっしゃいます。でも、『皆さまにお伺いしているんですが……』と前置きすることで、コミュニケーションが円滑にいくこともあるんです。コラム執筆などの仕事のときも、『皆さんに聞いているのですが』と添えてお伝えすると、お金の話など聞きにくいことでも、やり取りしやすくなります」
これには、全員が関心を示しました。みたらしさんの考えは、ビジネスの交渉時にも役立ちそうです。さらに、冒頭で富永さんが話した、「依頼メールへの返答に1時間かかることもある」にもアドバイスが続きます。
みたらしさん
「たとえメールだとしても、文章から人柄や考え方ってわかると思うんです。もし相手が依頼相手の『名前』だけを変えて“コピペ”したような文章で送ってくるような人なら、こちらもフォーマット文で返してもいいと思うんです。その一方で、とてもエモーショナルな文章で依頼してくださる方もいます。向こうが心の扉を開いてくれているなら、こちらも腹を割って話すことが大事。こちらも気持ちに応える返信をする。こうやって相手の対応によっての境界線を決めておくと、こちらの心の負担が減ることもあるかと思います」
なぜ自分に仕事を依頼してくれたのか。顔を合わせることが少なくなったコロナ禍において、この“区別”は重要になるかもしれません。
みたらしさん
「そうしたコミュニケーションから信頼関係を築いていくと、安川さんがモチベーションにされている、大切な仲間にも発展していくのではないでしょうか」
さまざまなノウハウが共有された後、ファシリテーターの齋藤さんは「今後のステップとして取り入れてみようと思ったことは?」と、富永さんに問いかけます。すると、意識改革が起こった富永さんから、重要な気づきがあったことが共有されました。
自分のルールをつくり、自分軸で時間を使う
「モチベーション管理」の問題については、上阪さんと安川さんの話を聞いて、「無意識に自分のためだけに仕事をしていたかもしれないことに気づかされた」と、富永さんは言います。誰かのため、仲間のため、と意識することで仕事に対するモチベーションを高めることができそうだ、と感じたそう。
「交渉」については、まずは自分から言える機会をつくることを目指すと、強い決意の表情を見せてくれました。作業に対する金額の内訳を考えて、「この仕事ならこれくらいの金額で」といった会話は、積極的にしてもよさそうだと思えてきたそうです。
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第4回セッションを受けて、お悩みピッチを主催するアメリカン・エキスプレス 須藤靖洋 法人事業部門副社長/ジェネラル・マネージャーは、「コロナ禍の影響で、ほとんどのアメックス社員も1年半以上在宅勤務を続けています。そのなかで、社員のモチベーションを保つのは本当に難しいと実感しています。どういった達成感をもって日々を過ごすか、改めて考える機会をいただけて、僕自身もとても勉強になりました」と、フリーランスでなくとも使えるノウハウが詰まったピッチであったと振り返りました。
Forbes JAPANの藤吉雅春編集長からは、「お悩みピッチのよさは、自分が吐き出せないような相談の解決策を、他人のお悩みから学べること。今日は実践的なノウハウが盛りだくさんで、私も明日から使いたいと思います」と、ピッチの価値をあらためて心に刻みました。
あらゆるビジネスは、自らが決めたルールを自分が大事にすることから成り立っていきます。それはフリーランスでも同じこと。Forbes JAPANとアメリカン・エキスプレスは経営者同士の助け合いが広がっていくことを心から願い、これからもサポートしていきます。
第4回のお悩みピッチをビジュアル化すると…
▶︎「お悩みピッチ2021」特設サイト&これまでの「お悩みピッチ」はこちら
【お悩み人】
富永 玲奈 氏(編集・ライター)
編集プロダクションで編集・ライターとしてキャリアをスタートさせ、イカロス出版で雑誌や書籍の編集に携わる。2018年に独立し、フリーランスに。雑誌、ムック、書籍の編集をメインに活動し、ライターとしても雑誌やWEBメディアで記事を執筆している。2021年、個⼈事業主のまま出版レーベル「アプレミディ」を立ち上げる。
▶アプレミディ
【お助け人】
【お助け人】
上阪 徹 氏(フリーライター・ブックライター)
アパレルメーカー、リクルートグループなどでの勤務を経て、フリーライターに。雑誌や書籍で幅広く執筆やインタビューを手がける。近年は、講演活動のほか「上阪徹のブックライター塾」を開講。近著に『人の倍稼ぐフリーランス46の心得』がある。
▶上阪徹のブックライター塾
安川 幸男 氏(事業プロデューサー)
競馬予想会社、出版社などを経験したのち、ビジネスプロデューサー職でNTTデータに転職。15年間NTTグループにて新規事業開発に従事し、46歳で鳥取へ移住。鳥取県庁、鳥取銀行での勤務を経て、2018年に独立。ローカルノマドとして活躍中。
菅本 香菜 氏(旅するおむすび屋・地域力創造アドバイザー)
不動産会社での営業、『くまもと食べる通信』の副編集長を経て、CAMPFIREに転職。本業の傍ら2017年に『旅するおむすび屋』を立ち上げ、2019年に独立。食にかかわるイベント企画・運営、食材のPR、クラウドファンディングサポート等を行う。
みたらし 加奈 氏(臨床心理士・エッセイスト)
総合病院の精神科に勤務したのち、ハワイへ留学。帰国後は、フリーランスの活動をメインに行いつつ、SNSを通してメンタルヘルスの情報を発信。現在は一般社団法人国際心理支援協会所属。NPO法人『mimosas(ミモザ)』の副理事も務める。
▶mimosas
吉井 秀三 氏(新規事業企画・地方の働き方ライター)
東京のIT・ネット関連企業に20年間勤務。 SNS関連のサービス企画や、新規事業の立ち上げの仕事など、幅広く従事。2017年に地元・鳥取に移住。現在はニットで、リモートで事業企画を行う傍ら、複業で地域コミュニティや自分史作成コミュニティ『Homeroom+』の運営を行う。
▶Homeroom+
【2021年お悩みピッチファシリテーター】
齋藤 潤一 氏(一般財団法人こゆ地域づくり推進機構 代表理事/クリエイティブディレクター)
米国シリコンバレーのIT企業でブランディング・マーケティングディレクターを務めた後、帰国。東日本大震災を機に「ビジネスで地域課題を解決する」を使命に地方の起業家育成を開始。2017年より宮崎県児湯(こゆ)郡新富町役場が観光協会を解散して一般財団法人こゆ地域づくり推進機構を設立する。
▶一般財団法人こゆ地域づくり推進機構
そう、ビジネスには、これがいる。
アメリカン・エキスプレス