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朝日新聞外交専門記者

Photo by Chung Sung-Jun/Getty Images

「今日は、スンツーのアート・オブ・ウォーを講義する」。今から20年ほど前、知人の元自衛隊幹部が、米東海岸のロードアイランド州・ニューポートにある米海軍大学で受けた講義のことだ。「スンツーって誰だ」と思いながら、受講していると、講師が「戦う前に敵をよく知ること、自分を相対化して見なければならない」と言ったところで、気がついた。「敵を知り己を知れば百戦してあやうからず。スンツーのアート・オブ・ウォーって孫子の兵法のことか」

米海軍でおなじみと言えば、「海上権力史論」で有名なマハンや、「戦争論」のクラウゼヴィッツなどが挙げられるが、逆に誰でも知っていて食傷気味だ。米海軍大学は中国人民解放軍の学生は受け入れていないが、その理論には注目していたらしい。元自衛隊幹部は「戦う前に敵の見積もりをきちんとするというやり方は戦後、米軍から入ってきた」と語る。確かに旧軍は、米軍の保有する艦船の数などには敏感だったが、巨大な工業生産力への視点がついついおろそかになった。太平洋戦争では、米軍が中部太平洋の戦略的拠点を落としながら、日本本土に迫るという「飛び石作戦」を予見できなかった。米軍が無視した島々に上陸した日本軍将兵が多数、飢餓や疫病で苦しみ、多数の戦没者を出す結果を招いた。

どうして、知人がこんな話を紹介してくれたのかと言えば、菅義偉首相の「卒業旅行」が話題になったからだ。菅首相は退任直前の9月24日、ワシントンで日米豪印の安全保障対話「QUAD」の初めての対面による首脳会談に臨む。これに対して、野党やメディアの一部で「卒業旅行だ」「花道だ」という批判が飛び交った。だが、日本外務省や米国務省の関係者に言わせれば、「バイデン(米大統領)の都合によるものだ」という。バイデン政権は今、中国との対峙に全力を挙げている。強い非難を浴びながら、8月末にアフガニスタンからの米軍撤収を完了したのもそのためだ。QUADの4カ国首脳は3月のオンライン会議の際、「今年末までに、対面での首脳会議を行う」と約束したことを公表している。実現できなければ、中国に対して「弱腰」という誤ったメッセージを与えかねない。

関係者の1人は「モディ(インド首相)もモリソン(豪首相)も9月中旬にニューヨークで行われる国連総会に出席する。この機会を逃すと、いつ4首脳が集まれるかわからないから、強行した。日本の首相の都合は関係ない」と解説する。そのうえで「花道論とか卒業旅行という発想は、日本中心の発想でしかない。批判するなら呼びつけた米国に向かって言うべきだろう」とあきれた。

文=牧野愛博

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