「神の技術」がもたらすもの


そして、この問題は、別の未来技術に目を向けるならば、さらに深刻な話になっていく。

それは、「デザイナーベイビー」の技術である。

すなわち、遠くない将来、遺伝子工学の発達によ って、生まれてくる子供の能力を、遺伝子レベルで事前に操作できるようになり、希望すれば、身体的、知的に優れた性質だけを持った子供を創ることができるようになるだろう。

では、そうした時代に、何が起こるのか。その未来社会を描いたのが、SF映画『ガタカ』である。

これは「デザイナーベイビー」が可能になった社会で、遺伝子操作を受けた優秀な「適格人間」と、遺伝子操作を受けることができず、平凡な能力を持って生まれた「不適格人間」が併存する社会である。

すなわち、それは、遺伝子的なレベルで、すでに圧倒的な能力差が定まってしまっている社会、「究極の格差社会」の出現である。

こうした社会を想像するならば、それが、現在の「経済的格差社会」をも遥かに超えた、「悪夢」と呼ぶべき社会であることに気がつく。富裕層は、生まれてくる子供の遺伝子操作に金をかけることができ、貧困層はそれができないために、子供の能力に決定的な差が生まれてしまうという「遺伝子格差社会」。その未来社会は、人間の絶対的能力差に基づく「新たな階級社会」を創り出してしまうだろう。

このように、人工知能や遺伝子操作の技術は、現在の人間からは想像もつかない「驚異的な能力」を持った人間を創り出すという意味で、「神の技術」とも呼べるものであるが、その「神」が、多くの人々に幸せを与える「博愛の神」となるのか、一部の人間に絶対的優越を与える「偏愛の神」となるのか、それは、すべて、資本主義を始めとする、我々の社会の在り方によって決まるのであろう。


田坂広志◎東京大学卒業。工学博士。米国バテル記念研究所研究員、日本総合研究所取締役を経て、現在、多摩大学大学院名誉教授。世界経済フォーラム(ダボス会議)Global Agenda Council元メンバー。全国6800名の経営者やリーダーが集う田坂塾・塾長。著書は『運気を磨く』『直観を磨く』『知性を磨く』など90冊余。

文=田坂広志

この記事は 「Forbes JAPAN No.084 2021年8月号(2021/6/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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