自閉症の子どもたちと社会をつなぐ。巨匠ドミニク・ブシェの使命感

フレンチの巨匠 ドミニク・ブシェ

13歳で料理人の道を志し、「トゥール・ダルジャン」「ホテル・ド・クリヨン」など名だたるレストランの総料理長を歴任するなど、フランスのガストロノミー界を牽引し続けてきたドミニク・ブシェ氏。現在は、愛する妻の国である日本にも4店舗を展開。料理人として、順風満帆な人生を送ってきた。

60代半ばを迎えた2018年、日本での仕事もすっかり軌道に乗った頃、たまたま、大切な友人のお子さんである自閉症児のアートを見る機会があった。ブシェ氏はその色彩の豊かさに衝撃を受け、彼らの心の内に広がる優しい色の世界に胸を打たれた。

普段、アートの好みははっきりしているが、その絵からエネルギーをもらうようにして、創造力に対するパッションが湧きあがるのを感じたという。そして唐突に、絵から受けた印象を、料理に落とし込んでみたいという衝動にかられたというのである。



「鮮やかな色の重なりを食材のピュレで表し、受け止めたエネルギーを味に落とし込んでいく作業は刺激的でした。これまでの料理作品を作る工程とはまたまったく異なる、歓びと躍動を感じ、あっという間に一皿を作り上げることができました。さっそく、コース料理の中に、自閉症の子どもにインスパイアされた一皿を入れて供しましたが、お客様も皆、とても喜んでくださいました」とブシェ氏は言う。



その後、友人の子どもである彼ら──ジュンジュンとリリ──と接する機会が増え、ますます彼らのピュアな内面を表すアートに惹かれていった。

彼らと知り合うまでは、ブシェ氏自身も自閉症に対して詳しい知識は持っていなかった。ひとくくりに自閉症といっても、障がいの度合いも違えば、コミュニケーションの能力も違う。ただ、一人一人、個性と無限大の能力を持っているのだという認識を新たにした。

また、フランスでは、自閉症の人たちが普通に働いているカフェが存在したり、就労率も6%以上あるのに対して、日本はわずかしかない。そんな厳しい現実を知り、温かい目で見守るだけではなく、社会との接点を作り出すために、何か、自分にもできることがあるのではないかと真剣に考えるようになっていった。


左からリリ、ドミニク・ブシェ、ジュンジュン

その後、ジュンジュンとリリの親御さんや共感する仲間が参画する「CROSS TEAM」という会社と協力していくことになる。同社が掲げる目標は、「進学、就労の選択肢が限られる、自閉症の子どもたちの日常を、アートの力で彩のあるものに!」というもの。現在は、自閉症児のアートとプロの仕事をクロスさせることで、就労の幅を広げたり、新しい仕事のスタイルの確立を目指すなど、さまざまな取り組みを行なっている。

ブシェ氏自身は、2018年から彼らの絵にインスパイアされた料理をコースの中に組み込む特別ディナーの会を続けてきたが、「もっと何か形にしたい」という気持ちが日に日に強くなっていった。そして2021年の春、料理の写真とその原画となった自閉症の子どもたちの描いたアート、それにレシピをつけた小さな本を作るというプロジェクトを立ち上げた。
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文=小松宏子

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