既存のスキームへの執着が企業のイノベーションを阻害する
中村亜由子(以下、中村) eiicon companyはオープンイノベーションを成功に導く専門集団として、オープンイノベーションプラットフォーム「AUBA」の運営を通じてこれまで数々の企業を支援してきました。AUBAのスタートから4年が経ち、登録は2万社を突破しています。国内において、オープンイノベーションが新規事業を立ち上げるための手段として、少しずつ“ふつうごと”になってきていると感じているのですが、新規事業創出のプロフェッショナルとして、守屋さんはどうお考えですか。
守屋 実(以下、守屋) これまで30年間にわたり新規事業開発に携わってきましたが、オープンイノベーションが当たり前になってきたと、私も肌で感じています。もう純血主義では立ち行かないと、多くの企業が気が付いているのではないでしょうか。いまやオープンイノベーションを選択肢に入れていない企業のほうが少ないと思います。
純血ではイノベーションを起こせないとわかってはいても、どうすればいいか悩んでいる企業は少なくありません。eiiconはその受け皿を用意し、実績を積み上げてきたので、その功績は非常に大きいと思います。
中村 ありがとうございます。私たちは、オープンイノベーションのプラットフォームを運営することで、イノべ―ション創出の手段としてのオープンイノベーションを定義し、標準化しようとしてきました。イノベーションを創出するためのステップや、外部の協力を仰ぐことでイノベーションの成功確度を高められるのだと、当社が少しは示せたのではないかと思っています。
守屋 オープンイノベーションで大事なのは「何がしたいか」です。やりたいことに対して、自社に欠けているパーツがあるからオープンイノベーションが必要になるわけです。しかし、大企業ほどそれが欠けることが多い傾向にあります。とりあえず何かを生み出そうと事業開発室を開設するのですが、その“何か”を現場も上司も幹部もわからない。目指すべき未来像がないのです。まずは企業として何をどうしたいのかという「意志」が重要です。
中村 おっしゃる通りですよね。弊社も「目的の明確化」を常に伝えてきましたが、まだまだそこが明確になっていない企業は少なくありません。
守屋 往々にしてカタカナ用語は危険なんです。「オープンイノベーション」とは何か。言葉ではなくその本質を考えなければいけないということだと思います。昔はオープンイノベーションという言葉が認知されていなかったから、その概念を植え付けるうえで言葉は大事でした。しかし、言葉だけが上滑りしている人たちがあまりにも多い。言葉が浸透したのだから、今度はちゃんと中身のほうを考えるべきです。
中村 我々もそれを強く感じています。特に大企業はリソースが非常に多岐にわたっていて、オープンイノベーションの目的と方向性を共有するのが難しいこともあり、「誰が(どの部署が)」「何を課題にしているのか」、「今回何を解決したい・するのか」などを明確にするお手伝いが必要な企業も多く存在します。そのため、我々はハンズオンのコンサルティングとハンズオフのプラットフォームとの両軸で支え、実際に事業化していくための取り組みを支援させていただいています。オープンイノベーション実践に取り組む企業さまに寄り添いながらコンサルティングや伴走支援をするなかで、我々のノウハウは蓄積されてきたともいえます。
ご支援していて感じるのは、オープンイノベーションを形だけにしないためには、トップの意思が重要だということです。創業社長の方だと、社長の意志がはっきりしているケースも多いように感じるのですが、すでに創業期を過ぎ、一般のサラリーマンとして就職されてから社長になられている場合、失礼ながらオープンイノベーションやイノベーションを断行する「意志が弱い」と感じてしまうケースもあります。
守屋 彼らにとっては、任期中に何事もなく過ごすことのほうが大事です。せっかく社長職に就いたのに、何かに挑戦して失敗したら、次のステップに進めなくなってしまいます。
僕は、単年度会計がすべての元凶だと思っています。よくある話ですが、期首に事業開発部が開設され新事業を立ち上げるよう指示されたものの、第1四半期は人事異動したばかりで落ち着かず、何をやるかを決められない。第2四半期に入ってようやく何かをやろうと重い腰を上げますが、第3四半期に入ると経営企画部や財務部が通期の予算に目を光らせるようになり、財布の紐が徐々に締まっていきます。そして第3四半期も終盤に差し掛かると、来期の人事の話が始まる。これでは新しい事業を生み出せるわけがありません。
中村 イノベーションに取り組むためには、社内の制度や仕組みを変えることも必要です。
守屋 僕が関わっているJR東日本は、それを上手にやっています。全社的にやると決めてJR東日本スタートアップというCVC(コーポレートベンチャーキャピタル)を設立し、僕のような外部の人間も入れ、単年判断にとらわれないスキームづくりから始めました。その結果JR東日本スタートアップでは、4年間にスタートアップなどから923件もの事業企画案を集め、そのうちの92件の実証実験を駅などで行い、41件の事業化に成功しています。
中村 JR東日本スタートアップさんは、当社でも何度か募集の告知やプロモーションのお手伝いをさせていただいています。ありがたいことに、923件のうちAUBAを通じての応募も複数あるといっていただいております。
守屋 これはJR東日本だからできるのではなく、ほかの会社でもやる気さえあればできることです。
中村 大前提としてまずは目的を明確にし、その次に全社的なコミットが必要で、他社と共創していくなかで仕組みや体制を整えていくことが大事です。
守屋 その通りです。それをせずに既存の枠組みのなかだけで済まそうとするから、うまくいかないのです。例えば自動車メーカーがそのままの組織で化粧品市場に参入しようとしても、成功するはずがありません。もし逆に化粧品メーカーがクルマをつくろうといい出したら、自動車メーカーは、化粧品会社がつくれるわけがないと絶対にいうはずです。それなのに自分たちの矛盾には気づかない。
そもそも、新規事業は「多産多死」です。1分の1での成功はほとんどありません。スタートアップの場合、人もお金もないから1分の1で成功しないと死にかねませんが、大企業には本業というキャッシュエンジンが回っています。多産多死を許すだけの懐の深さがあり、当たるまで続けられるので、圧倒的に有利であることは確かです。しかし、既存のスキームを使って、既存の期間で結果を求めてしまったら、限りなく遠回りしてしまうということです。いまは令和3年なのに、会社は“昭和96年”のまま。これではうまくいくはずがありません。オープンイノベーションなど外部の力を活用して、もっとシンプルに進めるべきです。
イノベーションの現在地を可視化する「INNOVATION VITAL」
中村 既存のビジネスモデルのライフサイクルに危機感をもつ企業は、新規事業開発に予算を投じます。しかしその実情は、コンサルティングファームに丸投げしているだけということも多くあります。守屋さんのようなプロフェッショナルの方に入っていただくならわかるのですが、現状は、コンサルする人が新規事業の開発にも支援にも携わったことがない初心者、ということも珍しくありません。
これは本当に意味がないなと。また、ただとりあえずたくさん新規事業を立ち上げればいいというわけでもありません。まずは、なぜ新規事業に取り組むのか、しっかりと現状分析をする。そのうえで達成目標とそのためのマイルストーンを導き出し、正しいプロセスを踏んでいるのかを確認していかなければ、成功はありえないのです。
そのためには、プロジェクトを可視化し客観的に分析する必要があります。そこで、当社は、自社のイノベーションの状態をスコアリングによって可視化する新サービス「INNOVATION VITAL(イノベーション・バイタル)」を開発しました。
富田 直(以下、富田) 企業がオープンイノベーションを実践していく際には、「目的・目標が定まっていない」「はっきりは決まっていないけど何かをしたい」「いろいろ取り組んではいるけど事業化できていない」などさまざまなフェーズがあります。INNOVATION VITALは、自社がどのポジションにいて何が足りないかを明確にして、行動に移していくためのツールなのです。
スコアリングする指標は「全社戦略との整合性」や「方向性の明確化」など5つの大カテゴリーがあり、レーダチャートで結果を明示します。さらにそこから中カテゴリー、小カテゴリーと細分化され、ご入力いただいた回答とこれまでの共創実績などを元に数値化します。その結果を見て4名のコンサルタントが議論し、総評を加えます。
富田 守屋さんにもご回答いただきましたが、ほぼパーフェクトで神の領域です。いちばん低い項目の「組織化ができているか」でさえ4.4でした。
守屋 事務所をひとりで運営しているので、当然の結果ですね(笑)。
富田 主観でお答えいただく項目もあるためか、経営陣にご回答いただくと、数値が高くなる傾向があります。
守屋 経営陣が掲げたビジョンに対し、社員がついていけないことがよくあります。経営陣の数値が高いのは、そうしたギャップの現れかもしれません。
富田 INNOVATION VITALはいろいろな層やポジションの方に受けていただくことがベストで、それによって、そうした上層部と社員とのギャップポイントも結果として表れる仕組みになっています。
守屋 いちばん大事なのは、入力することによって「我が社はやっていますよ」という自己満足に陥らないことだと思います。スコアリングの結果を見てちゃんと考えてほしいですね。
富田 我々も可視化して満足してもらうのではなく、イノベーション活動のPDCAを回していくことを意識しています。自分たちで回答しなければならないのはそのためです。なぜできていないのかをちゃんと自分たちでフィードバックしていただくことが重要です。どこに課題があるかがわかっている状態とわかっていない状態では、取り組みの結果が全然違います。
中村 見切り発車している会社はいまだにものすごく多いですし、その一方で、4年間、ずっと情報収集だけをしている会社もあります。オープンイノベーションがうまくいかない本当の理由を、当社のコンサルティング部門が可視化することで、そういう会社を伴走支援していきたいと思っています。
守屋 それが実行できれば、いいツールになると思います。日本が成長するためには「失われた30年」を止めなければなりませんが、それを実現するのはやはり“意志”をもっている人。強い意志をもった会社が本気で走り続けないと、止まらないと思います。オープンイノベーションは、そのための最も有効な手段のひとつです。eiiconが今後も進化を加速させ、失われた30年を止めるきっかけになることを期待しています。
守屋実◎新規事業家。1992年にミスミ(現ミスミグループ本社)入社。2002年に新規事業の専門会社、エムアウトをミスミ創業オーナーの田口弘とともに創業、複数の事業を立上げて売却。10年に守屋実事務所を設立。
中村亜由子◎eiicon company 代表/founder。2015年にeiicon 事業を起案。特許庁オープンイノベーション促進契約ガイドライン策定委員。情報経営イノベーション専門職大学情報経営イノベーション学部客員教員。
富田直◎eiicon company CDO/COO。大手不動産会社の社内SEを経て2014年にインテリジェンス(現パーソルキャリア)入社。アルバイト求人サイトanのリニューアルプロジェクトを経て、eiicon立ち上げ時から参画。
「INNOVATION VITAL(イノベーション・バイタル)」
国内最大級のオープンイノベーションプラットフォーム「AUBA」のデータ・ノウハウを基に、新規事業創出に必要な要素を抽出。
自社の「イノベーションスコア」を可視化・分析できるeiiconオリジナルのサービス。
お問い合わせはこちらから
Forbes JAPAN × AUBA SPECIAL E-book
「150 OPEN INNOVATION」
オープンイノベーション事例150を一挙公開
変わりゆくマーケットで事業を伸ばすうえで欠かせない手段になっているオープンイノベーション。1,000件を超える新規事例を創出しているAUBAのデータベースから、ForbesJAPAN編集部が150 の実例を抜粋して掲出。
ダウンロードはこちらから