藤沢市村岡地区に位置する「湘南ヘルスイノベーションパーク(略称:湘南アイパーク)」は、東京ドーム6個半分の床面積約30万㎡を誇る、名実ともに日本最大級のサイエンスパークだ。2011年に武田薬品工業湘南研究所として開設した巨大な施設は、2018年に外部の企業やアカデミアなどに開放され、オープンイノベーション拠点に生まれ変わった。
湘南アイパークは次世代医療やAI、ベンチャーキャピタル、行政など120社以上で形成されるエコシステムだが、武田薬品工業とライバル関係にあるはずの製薬・創薬の企業等も26社が拠点を置く。同パークのジェネラルマネジャー・藤本利夫は話す。
「現在の製薬業界では、最先端の研究や技術を集めてひとつの薬をつくるオープンイノベーションが主流になっており、実際に開発パイプライン(医療用医薬品候補化合物)を並べてみると9割がベンチャー企業から生まれています。そうしたなかで日本は、アカデミアでの基礎研究は強いものの、アカデミアから産業への橋渡しが弱いため社会実装が遅れている状況でした。それならここをオープンイノベーション創出のためのエコシステムにしてしまおうと生まれたのが、湘南アイパークです」
湘南アイパークの強みのひとつはリアルタイムPCRやフローサイトメーターなど高額機器を含む共有実験機器をはじめとしたハード面だが、真の強みを挙げるならば、情報と人脈にアクセスできる環境が整えられていることだろう。
「コロナ禍以前は3カ月に一度入居企業の代表者が集まって湘南海岸でバーベキューをしたり、クリスマスなどの節目には数百人が集まるなかで新規入居者の企業紹介やポスター発表が行われたりと、大いに盛り上がりました」
同パークでは、このような懇親会はもとより、事務局が主催するセミナーや交流イベントが頻繁に開かれているほか、入居者発のジャーナル抄読会やリーダーシップ研修なども、企業を超えて行われている。また、入居者が使用できるシステム iPark Virtual Partneringを通じて、興味がある企業の担当者にオンライン上で直接コンタクトすることも可能だ。
「入居者同士の連携は初年度15件だったものが次年度で約140件となり、コロナ禍の昨年度はなんと913件でした。さらに今年1月には田辺三菱製薬と武田薬品工業が社内評価データの一部を共有するに至っています。こちらに入居しているということで信頼関係のファーストステップはクリアしているので、エレベーターやコミュニケーションスペースでの声かけから連携につながることもあるのです」
そうしたなかで、湘南アイパークで育まれたコラボレーションプログラムが新たな事業展開を迎えるケースも出ている。京都大学iPS細胞研究所(CiRA、山中伸弥所長)と武田薬品工業が共同で行っているiPS細胞研究プログラム「T-CiRA」のこれまでの研究成果をより迅速に臨床段階に進めるため、新会社が立ち上がったのだ。これが、「iPS細胞実用化」を目指すオリヅルセラピューティクスである。
また、バイオ研究以外の企業間連携の場として、「日本VCコンソーシアム」も注目を集めている。欧米や中国と比較してまだまだ規模の小さい日本のバイオテク投資を活性化するため、ベンチャーキャピタル(VC)、コーポレートベンチャーキャピタル(CVC)、製薬会社の研究・事業開発部門などを能動的につなぐ場だ。
「昨年7月に日本VCコンソーシアムを立ち上げて以来、各社が集まり共同投資に向けて勉強会を重ねました。2期目の今年は海外からバイオインフォマティクスのスタートアップをお呼びして話を伺ったのですが、海外でもVCや製薬会社が集まって勉強会をしているというのは見たことがないと驚いていましたね。また、関連して、SMBC日興証券が湘南アイパークのメンバーシップに加入されたこともあり、資金調達やIPOのサポートがさらに手厚くなると期待しています」
企業の多様性がオープンイノベーションを加速する
湘南アイパークには、大企業もベンチャーも、それぞれの強みをもち寄ってサポートし合う枠組みが構築されている。ボランティアの士業(弁護士、弁理士、公認会計士など)がベンチャー企業のバックオフィスをサポートする「iPark SAMURAI」、AI Dynamics、日本マイクロソフト、日本IBMらがAI創薬などの相談に乗る「AI/DXコンシェルジュ」、大企業研究者がノンコンフィデンシャルレベルで科学的なサポートを行う「サイエンスメンター」などだ。これらのサービスや制度は、入居者だけでなくメンバーシップ会員にも提供されており、多くのメニューがバーチャルでも利用可能になっている。コロナ禍にあってもほぼ毎月新規入会があり、次世代医療、デバイス、細胞農業、金融、保険など、事業領域の幅も広がっているという。
最後に、藤本は湘南アイパークの未来像をどう考えているのだろうか。「ライフサイエンスに直接携わってない企業であっても、AIやロボティクス、機器などさまざまな業態が集まることによって、オープンイノベーションは加速されます。『他社との協働でこれからヘルスケアに参入したい』という企業にも、どんどん集まっていただきたいと考えています」藤本が思い浮かべる湘南アイパークの未来像は、日本最大の百花繚乱のライフサイエンスエコシステムとして、ボストン、サンディエゴのように世界に開かれたイノベーションの場となる姿だ。そして、その未来はそう遠くない。
JR大船駅と藤沢駅の中間地点に位置する。中には緑地エリアやジム、シャワールームなども完備されている。
連鎖するイノベーション
未来のライフサイエンス事業を助けるのは同居するVC
湘南アイパークの入居企業のなかで一際異彩を放つのが、キャタリスパシフィックだ。同社は日本最大規模のライフサイエンスへの投資に特化した独立系ファンドであり、国内外のネットワークを活用し、日本初の技術やアセットに基づくグローバル・バイオベンチャー創出と成長促進に貢献している。湘南アイパークに入居するベンチャーにとっては、まさに“キューピッド”と言える存在だろう。
「湘南アイパークでは、面白いベンチャーが次々と誕生しています。そのため、キャタリスパシフィックさんのようなベンチャーキャピタル(VC)の方々が日常的に出入りされているんです。先述した通り、VC同士で共同出資に向けた動きもあります。自分たちが投資している案件だけど、いいものは広めたい、一緒に盛り上げていきたいという思いをもってくださっているので、ベンチャーサイドとしても、チャンスがたくさんあると思いますよ」(藤本)
VC同士の連携の場「日本VCコンソーシアム」のオンライン勉強会の様子
湘南アイパークで育った企業が溢れるバイオのまちを目指して
神奈川県と藤沢市、鎌倉市、湘南鎌倉総合病院、湘南アイパークの5者は2019年5月、藤沢市村岡地区と鎌倉市深沢地区を対象とするヘルスイノベーション最先端拠点形成等に係る連携・協力に関する覚書を締結した。藤本は「村岡・深沢地区を世界に誇るバイオのまちにしたい。ここで育ったベンチャーの社屋が湘南アイパークと連なる姿が理想ですね」と、その未来像を見据える。
湘南ヘルスイノベーションパーク
https://www2.shonan-ipark.com/21iparkB.html
藤本利夫◎胸部外科医として日本、ドイツ、アメリカで臨床に従事した後、2006年に日本イーライリリーに入社。2015年、同社研究開発本部担当取締役副社長に就任。2017年より武田薬品工業 湘南ヘルスイノベーションパーク ジェネラルマネジャーとして勤務。