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機内に3時間ほど缶詰にされた後、入国が許可された。空港から出ると、ハレーションを起こすほどの夏の日差しがデトロイトに残っていた。沈黙する乗客たちは、航空会社が手配したバスが到着するまで、ただ立ち尽くしていた。バスに乗り込むと、ラジオからニュースが流れていた。大ボリュームで流れるアナウンサーの声だけが響き、誰ひとり口を開く乗客はいなかった。

ニュースに耳を傾けると、それまでに聞かされていた信じられないような情報はほとんど事実だとわかった。機内で一緒だったアメリカ人は、バスの最前列に座ったまま、両手で顔を覆い、うなだれている。気持ちはわかる。

かつては、ニューヨーク・クイーンズ区の私の自宅からも、世界貿易センタービルが夕日に映え、綺麗に見えたものだ。

ワールドトレードセンター
ニューヨーク在住時の1999年、自宅から撮影したワールド・トレード・センタービル(撮影=松永裕司)

ホテルにたどり着いた時には、事件発生から8時間あまりが過ぎていた。テレビをつけると、つい先日まで私が勤めていたCNNが「America Under Attack」という特番を組んでいた。黒煙を上げるノースタワー脇で、さらに旅客機がサウスタワーに突っ込む映像は、非現実的だった。

当時、国際電話ができる携帯電話は極めて稀で、インターネットは電話回線を経由していた時代。まだWifiという言葉も一般的ではなかった。よってネット環境から隔絶されていた。「ニュース・プロデューサー」という肩書だった私は、社内で「社員がひとり、NYにて行方不明」という状態にあり、大騒動になっていた。

ホテルの部屋の電話はパンクし通じない。ロビーは、公衆電話を使って日本に連絡する乗客であふれかえっていた。日本からの観光客たちは4日間、飛行機の便もなく、デトロイトで足止めを食らう。空路は完全にシャットダウンされた。

明けて12日、レンタカーもすべてもぬけの殻。苦肉の策で運転手ごと大型リムジンをチャーターした。

デトロイトで時間を潰していても何も得はない、現場を見なければ。その思いで、ホテルに宿泊していた乗客から、ニューヨークに向かう必要のあるメンバーを募り、料金を折半しデトロイトを出発。マンハッタン北部のジョージ・ワシントン橋を抜け、ニューヨーク入りした。

橋の上から見たマンハッタン島は、世界貿易センタービル付近から立ち上がる想像を絶する煙に覆われており、それは黒煙を上げ走る巨大な機関車を思わせる姿だった。

現地時間12日17時ぐらいだったろうか。人気のまったくないタイムズスクエアに降り立つと、夏の日差しがありながら、黒煙のせいで街は薄暗く、異常なきな臭さが鼻をついた。じっとりと汗をかいたのは、暑さのせいだけはなかった。機能停止したマンハッタンを目の当たりにし、その一大事件を肌で感じたからだ。

文=松永裕司(Forbes JAPAN オフィシャルコラムニスト) 編集=露原直人

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