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2001年9月11日、米同時多発テロ発生時、私はニューヨークまで90分ほどの上空にいた。

成田を出発する朝、台風による遅れはあったもののジョン・F・ケネディ空港行の全日空NH10便は、順調な飛行を続けていた。客室に備え付けられた前方の大きなスクリーンには、搭乗機がそれまで東京からニューヨークに向けて順調に飛行している軌跡を地図上に描き出していた。

予定では、現地時間午前10時30分到着だった。

ちょうど眠りから覚めたその時、私は異変に気づいた。スクリーン上の機影はエリー湖の上空に差し掛かったところで突如小さな旋回を始めた。ニューヨークへのフライトが一度や二度ではない者にとって、旅客機が着陸時でもないのに上空で旋回運動を行うのは悪い兆候だとわかった。

2回目の旋回に入った時、頭をかすめたのは「ハイジャックされたか」という予感だった。

状況を確認しようと、乗員を呼び止めようとするが、なぜか誰も通路にやってこない。後でわかったことだがこの時間、現地午前9時頃、アメリカン航空11便が世界貿易センタービル・ノースタワーに突入してから約15分後だった。周囲の乗客はまだ深い眠りの中にあり異変に気づいた様子はなかった。

前触れもなく機長からアナウンスが入った。「地上からの情報によりますと、JFKで事故があった模様です。飛行機が2機、ツインタワーに落ち、ビルが崩壊したとのことです。上空にて待機します」。機内に緊張が走った。

しかし「事故」との報告のせいか、ざわめきはあれどパニックに陥るほどではなかった。飛行機が2機も世界貿易センタービルに突っ込むなど、想像を越えた事件。前席にいたアメリカ人とともに、情報の錯綜による誤報だと結論付けた。ツインタワーの崩壊を想像するのは、映像もなにもないその時点では困難だった。

そのまま1時間ほど上空待機した後、機長より「緊急着陸します」とアナウンスが入り、15分もせずにデトロイト空港に降りた。しかし空港の通関準備が整わず、乗客はそのまま機内に。ここで携帯電話の使用が許されると、ツインタワーの崩壊は、事故ではなく、テロ攻撃だと分かった。

アメリカの国内線4機がハイジャックされ、そのうち2機がセンタービルに突っ込み、1機がペンタゴンを狙い、1機はキャンプデイビッドを狙って墜落したという。そして、さらに7機が行方不明との情報だった。孤立した機内では、テロが続くであろうという予測から緊迫感にあふれていた。地上に降りたとはいえ、空港がテロの標的になる可能性は否定しきれなかったからだ。

文=松永裕司(Forbes JAPAN オフィシャルコラムニスト) 編集=露原直人

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