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JICA北岡理事長(左)とサントリー新浪社長(右)

SDGs、ヘルスケア、ダイバーシティ……。ポストコロナ時代において、我々が目を向けるべき課題は山積している。

今必要なのは、日本と世界各国が、民間企業と公的機関が、それぞれの長所を発揮できる形で協調すること。

サントリー新浪社長とJICA北岡理事長の対談で見えてきた「日本の真の武器」と歩むべき道とは?



━━グローバルな組織のリーダーとして、ポストコロナの世界をどのように見ていますか。

新浪剛史(以下、新浪課題は二つあります。まず資本主義の在り方です。いろいろな格差が生まれてくる中で、いままでのような資本主義で良いのかどうか。とりわけ私たちのような消費財を中心とした事業を展開する企業は、立ち位置を間違えるとその国のお客様や社会から必要とされなくなってしまいます。グローバルカンパニーは、それぞれの国の政治や経済を理解したうえで対処していかなければならないでしょう。

もう一つが環境問題です。私たちは水を使ってウイスキーやソフトドリンクをつくっていますが、サステナビリティや生物の多様性といった自然資本の枠組みの中で、どうやってビジネスを続けていくのか。たとえばどうすればCO2をまったく出さないようになるのか。プラスチックボトルにしても、どうすれば海洋汚染が起こらなくなるのか。そういった課題に取り組まなければ、グローバル社会の一員として受け入れてもらえません。

いま問われているのは、これらの課題に対して、企業がいかに理念を持ち、考動を起こしていくかということ。私たちは120年以上も前から創業者・鳥井信治郎が唱えた「利益三分主義」に基づき、より良い社会を実現するため、人々と共に歩み続けています。この考え方をしっかり持ち、資本主義の問題、それからサステナビリティや生物の多様性の問題等を解決していかなければいけません。

北岡伸一(以下、北岡):刺激的な論点の提示ありがとうございます。まず日本はどういう国かというところから始めたいと思います。日本は非西洋の国の中で、近代化して、豊かで自由で安全な国をつくった最初の例です。そのような日本に求められる第一の役割は、国際社会において日本がユニークな文明として発展を続けることです。

第二の役割は、協調です。新浪社長ご指摘のとおり消費社会の限界が見え始め、2015年には国連でSDGs(Sustainable Development Goals)が採択されました。しかし皮肉にも、国際的な合意ができた一方で、国際協調よりも自国の利益を優先する国が現れ始めました。日本は超大国ではないですが、世界第三の経済大国です。自由や民主主義という同じ価値観を共有できる国々と連携して、国際秩序を保っていく役割を担うべきでしょう。

つぎにJICA(独立行政法人 国際協力機構)の役割ですが、我々は二つのミッションを掲げています。一つは、「人間の安全保障」。すべての人は尊厳を持って生きる権利を有し、国家にそれを保障する力が十分にないのなら国際社会が支える責任があるいう考え方です。もう一つは、「質の高い成長」。経済成長は必要ですが、そのクオリティ━━格差が少なく、誰も取り残さない、災害があっても耐えられる、持続性がある━━も重要だという考えです。この二つの旗を掲げ、国際社会の協調を維持することが、私たちJICAの任務だと考えています。

サントリーのように、自社が利益を上げると同時に相手にもベネフィットをもたらし、さらに社会にも貢献するという独特のカルチャーをお持ちの企業には大いに期待しています。新浪社長の下で、そのような事業展開がなされていることをお伺いできて大変うれしく思いました。

オールジャパンで世界を健康に


━━JICAは「JICA世界保健医療イニシアティブ」のもとに途上国の保健医療体制の強化に協力を強化しています。新浪社長も今年4月、「グローバルヘルスを応援するビジネスリーダー有志一同」として菅総理に提言されました。グローバルヘルス分野で日本はどのような貢献が可能でしょうか。

新浪:日本のヘルスケアは大変、質が高い。一方、世界には健康危機を迎えている国が多くあります。そういった国々に日本が提供できるノウハウはたくさんあるはずです。民間も、そのノウハウを持っています。物流機能や開発力、医療・介護のサービス。こういったものを活用しながら、ODAとして提供する、あるいは民間と一緒になってやっていくことに意義があります。

日本は他の国とぶつかり合うヘゲモニー・ファイトではなく、一緒になって協調してやっていくという在り方で外交を進めてきました。グローバルヘルス分野も、同じやり方でプレゼンスを高めていくことが重要です。それによって日本の「徳」が評価されて、結果として民間のビジネスもやりやすい環境ができてくるのではないでしょうか。

北岡:コロナ禍に立ち向かっていくために「JICA世界保健医療イニシアティブ」を2020年7月に立ち上げました。これには、「予防」、「警戒」、「治療」という三つの段階があります。まず「治療」でいうと、いま世界の100カ所で、医師等の人材育成を組み合わせながら基幹病院をつくる、あるいはいまある病院を拡充して基幹病院にする取り組みを進めています。遠隔医療も推進しています。これは日本の長年の経験に基づく取り組みです。最初の例は台湾に病院を建設した後藤新平。病院は現地の人々に大変感謝されたのです。野口英世はガーナに行って苦労して黄熱病の研究をしました。日本は、戦後南ベトナムで病院を建設しました。この病院は体制の変化を超え、現在でも規模を拡大して活躍しています。また、残念ながら日本ではさまざまな規制があって遠隔医療が進んでいません。海外で成果をあげて、それを日本に紹介することで国内での改革の力になればと考えています。

また、日本は「予防」ですでに大きな実績をあげています。たとえば手洗いの励行がそうです。これはビジネスと無縁ではなく、JICAも連携している衛生用品メーカーのサラヤ社はアフリカに進出して手洗いのプロジェクトをやっておられます。最初は持ち出しも少なくないかもしれませんが、いずれ定着して利益になっていくでしょう。私たちのアプローチと、企業のイニシアティブ、イノベーションを組み合わせることで、日本は独自の貢献ができるはずです。 

新浪:サントリーは、サプリメントなど健康飲料・食品の分野でノウハウを持っています。JICAは私たち以上に世界にネットワークをお持ちですから、栄養の面でこういうことができないかとお問い合わせいただければ、きっと知恵を出せるのではないかと思います。もちろん何かすぐビジネスをやろうという話ではありません。日本の企業は、その地域がよくなるために継続的に貢献することに誇りを持っています。長いお付き合いの中で、最終的にビジネスにつなげることができたらいいなと。


オンラインで対談を行うJICA北岡理事長(左)とサントリー新浪社長(右)

「グローバルやってみなはれ」でイノベーションを創出


━━多様性を活かしてイノベーションを創出するために、どのような取り組みをされていますか。

新浪:いま進めているのが「グローバルやってみなはれ」です。これまで日本国内でやってきた「やってみなはれ」精神を、いろいろな国籍や文化を持った人たちと一緒にグローバルに展開します。

ただ、これがけっこう大変なのです。さまざまな背景を持った人がいるので、当然、突拍子もない意見が出ることもあります。本当は異なるものを受容して興味を持つことがイノベーションにつながるのですが、日本企業は異なる意見に聞く耳を持つことが苦手で……。ダイバーシティ&インクルージョンは、急がば回れ。結果としてイノベーションが起きるのだと信じて、経営トップがどっしり構えることが大切です。

北岡:JICA職員も多様化が進んできたと思います。最近の新入職員は、ただ海外留学経験があるだけでなく、海外での勤務・起業経験者もいます。途上国のために貢献したい、日本に根っこを置いて国際協力をしたい、そういう志を持って入ってくれています。政府開発援助(ODA)の事業量でいうと、国民総所得(GNI)の0.7%は支出しようという国際的な合意がありますが、日本の実績はGNI比0.31%でその半分にも満たないのです。相対的にODAの拠出額は大きくはないですが、日本の国際協力は多くの国に評価されています。途上国の人々に対して上から目線で言うのではなく、一緒に考えましょうという姿勢が評価されています。JICAのモットーは「信頼」です。これは「徳」にも通じます。ODA予算が増えればもっと日本の評価を高めることができると思います。

新浪社長がおっしゃるように、イノベーションのヒントは異質なものとの出会いにあります。JICAは中小企業の海外展開を支援しています。たとえば香川にある従業員70人ほどのサンテック社は、国内で食品リサイクル用に製造している特殊な乾燥機を活用し、オリーブを粉砕して搾油した後の粕を資源化するビジネスの可能性に着目しました。乾燥機の特許を持つ企業と共同し、この製品をもとにモロッコに進出して、いずれは地中海圏全体を相手に商売をしようと計画を立てており、私たちもそれを支援しています。

実はこの事業には、同社に就職したアフリカからの元留学生も現地の知見を活かして取り組んでいます。異文化が接触することで、なぜ日本でこれをやらないのか、あるいはその逆に日本でやっているのになぜ母国にないのかという気づきがいろいろ出てきます。そこに新しいものを生み出すチャンスがある。

もう一つ、挑戦を後押し、エンカレッジすることも大切でしょう。JICAはProject NINJA(Next Innovation with Japan)という起業家・スタートアップ支援の一環でアフリカ19か国でビジネスコンテストを実施しました。これはビジネスのアイデアを募集して現地の起業家を支援するプロジェクトで、順調に進んでいます。イノベーションが一つ成功する裏には、10の失敗があります。しかし、もともとベンチャーとはそういうもの。成功が確実なものしかやらない風潮が日本の停滞の原因になっています。私たちは公的機関なので「失敗してもオーケーだ」と簡単には言えませんが、ぜひ民間企業と組んでさまざまなことに挑戦していきたいと思っています。

自然と共生してきた日本のカルチャーを世界へ


━━サントリーは「水と生きる」を打ち出して、森林と水を守る取り組みをされています。

新浪:サントリーの根底には、自分たちは自然に生かされているという思いがあります。商品のほとんどは水を使わせていただいてつくっていますから、貴重な共有資源である水を自然にお返しして、次の世代につないでいく。それが「水と生きる」の意味です。

いま研究者、専門家の方々やNPOのみなさんと一緒になって日本中で「天然水の森」をつくる活動をしているのも、その一環です。うれしいことに、ビームサントリーはこの活動を日本で見て、帰国後に同じことを自発的に始めました。アジアやヨーロッパも同じです。私たちはグローバル企業ですが、日本の根っこの良いところを変えるつもりはありません。必ず世界中に通用するという思いでやっています。

北岡:実は私の実家は奈良の造り酒屋で、お米と水、吉野杉はお酒造りに欠かせません。日本人は昔からお米、水、木を大事にしてきました。そしてその恵みをみんなで分かち合うのが日本人の精神です。

私たちのJICA事業で重要なものの一つに、上下水道整備があります。カンボジアで上水道をつくってみんなが水を飲めるようになりましたが、これは“プノンペンの奇跡”と呼ばれて喜ばれています。日本の良い伝統は自信をもって打ち出していくことが、世界の多様性向上に役立つのではないかと思います。

━━最後に、日本の国際協力に期待することを教えてください。

新浪:サステナビリティのルールはヨーロッパ中心につくられていて、アジアやアフリカにはそのルールについていけない国もあります。日本の役割は、そうした国々に手を差し伸べて一緒にやっていくこと。その中でJICAのリーダーシップは大変重要です。そこで民間企業を巻き込みながらやっていただければ、私たちもより深く貢献できると思います。

北岡:ありがとうございます。世界も日本もいろいろな困難がありますが、日本は民間企業も含めて潜在的に大きな力があります。この力を皆さんとともに最大限発揮させるお手伝いをすることがJICAの使命だと考え、日夜、世界にも広がる仲間と取り組んでいます。


日本の役割やポテンシャルを語るJICA北岡理事長

独立行政法人国際協力機構(JICA)
https://www.jica.go.jp/




新浪剛史(にいなみ・たけし)
◎サントリーホールディングス代表取締役社長。1959年神奈川県生まれ。ハーバード大学経営大学院でMBA取得。三菱商事を経て2002年ローソン社長CEO。経済財政諮問会議民間議員。経済同友会副代表幹事、日本経済団体連合会審議員会副議長。世界経済フォーラム インターナショナル・ビジネス・カウンシル メンバー。外交問題評議会(Council on Foreign Relations)Global Board of Advisorsメンバー。国際商業会議所(ICC)エグゼクティブ・ボード メンバー。14年より現職。

北岡伸一(きたおか・しんいち)◎国際協力機構(JICA)理事長。1948年、奈良県生まれ。東京大学名誉教授。2015年より国際協力機構(JICA)理事長。東京大学法学部卒業、同大学院法学政治学研究科博士課程修了(法学博士)。立教大学教授、東京大学教授、在ニューヨーク国連代表部大使、国際大学学長などを歴任。2011年、紫綬褒章受章。著書に『日米関係のリアリズム』(読売論壇賞受賞)、『自民党 政権党の38年』(吉野作造賞受賞)、『国連の政治力学:日本はどこにいるのか』、『世界地図を読み直す:協力と均衡の地政学』、『明治維新の意味』など。

Promoted by JICA / text by 村上 敬 /photographs by ヤン・ブース、安藤 毅 / edit by 松浦朋希

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