危機意識から生まれた「対コロナ地下駐車場病棟」

「地下駐車場」を臨時コロナ病棟に変えたランバン病院(YouTube / Rambam Health)


そうした課題一つひとつの解決に取り組んでいた20年晩夏、イスラエルに新型コロナウイルス感染拡大の第2波が本格的に訪れようとしていた。ロックダウン(都市封鎖)の甲斐もあって小波で済んだ第1波とは異なり、第2波は一時期、1日当たりの全国的な新規感染者数が1万5000人に迫るほどの危機的な状況だった。

そこで9月23日の早朝、ハルバーソルは地下駐車場病棟を開設する決断を下す。25日午後2時、患者を“地下駐車場”に収容したのだ。


ランバン・ヘルス病院のマイケル・ハルバーソル院長(Sara Lemel / Picture Alliance / Getty Images)

それから4カ月間、ワクチンの集団接種が進むまで地下駐車場病棟は使われ続け、2000人以上の患者が収容されたという。デルタ型などの変異種が登場した今、まだ先行きは見通せないものの、この1年だけで「3つの大きな学びがあった」と、ハルバーソルは振り返る。

(1) 非常時こそ柔軟な発想をもつ

20年3月時点でのプロトコル(手続き)と現在のものを比べてみると「まったく別物」だ、とハルバーソルは話す。毎昼に関係者が集まり、状況を確認しては作業の内容や手順に修正を加えていったからだ。機能していること、していないこと━━。検証と試行錯誤を繰り返す柔軟な思考が大切だった。ヘルスケア業界のみならず、テクノロジー業界といった他の産業からも機材やソリューションなど、幅広い支援を募ることもその一つ。例えば、ランバン・ヘルス病院の職員は院内で携帯電話を持ち歩いた。職員同士がコミュニケーションを取るためだが、トラッキングすることで職員の位置がわかり、ケアが必要な患者、バックアップが必要な職員がリアルタイムでわかったという。ハルバーソルは、「とにかく謙虚であること。パンデミックは常に状況が変化する『移動標的』なのです」と語る。

(2) 状況を観察し、意見に耳を傾け、考えを共有する

スタッフの言動をつぶさに観察し、その提案を吟味すること。マネジメントへの提言を受け入れることで自らを改善し、同時にスタッフを支えるのだ。職員には「『あんたがCEOだろうと関係ない。病院をこう運営してくれ』としょっちゅう注文されている」とハルバーソルは苦笑する。そして、その提案に耳を傾けることが大事だと繰り返す。「提案の中には、本当に優れたものもあったりするからです」。何よりも重要なのは、情報の開示と共有だ。すべての病院がおかれている状況は異なるが、それぞれに提供できる情報があるはず。情報を共有することの大切さを信じている、とハルバーソルは言う。「医療に、障壁も国境もあってはなりません。この情報は独占するのではなく、共有するためにあるのです」。

(3) 個人ではなく、「チーム」として動く

マネジメントを含め、チームで動いたこと。ハルバーソルは、自分はあくまで病院の“顔役”にすぎず、成功はチームによってもたらされたと強調する。実際、医師や看護師はもちろんのこと、病院の設備管理を始め、IT部門のスタッフなど、5800人の職員のすべてが24時間働いてくれたお陰だという。パンデミック初期にコロナ病棟を拡大できたのもまさにそれが理由だった。病棟の拡大は最初から計画したことではなく、スタッフの加勢により、着実に増やしていくことができたのだ。第2波が小康状態となり、緊急病棟を順次閉鎖する段階になると、当初は配置換えに反発していたスタッフが涙ながらに残ることを志願した。「最後まで戦い抜く」と、決めていたからだ。あるスタッフは「第3波があれば、真っ先に駆けつけますよ」と、ハルバーソルに約束したという。


イスラエル北部の都市ハイファにあるランバン・ヘルス病院(Sara Lemel / Picture Alliance / Getty Images)

ランバン病院の試みがすべてうまくいった、と結論づけるのは早計だろう。地下駐車場病棟にしても、大規模な第2波が一息ついた段階で開放されたこともあり、その真価が試された訳でもない。

それでも、この病院の取り組みと、その背後にある“思想”には多くのヒントがある。地下駐車場病棟がよい例だ。「駐車場を緊急時に病棟に変える」という創意工夫も面白いが、そこへ至ったプロセスのほうがむしろ重要かもしれない。地下駐車場病棟というアイデアが生まれたのは、ランバン病院が「患者にコミットする」と意を決したからである。直観に反するかもしれないが、退路を絶ったことで初めて奇想天外に思えるアイデアが現実的な選択肢となったのだ。

これはイスラエルという国の性質や戦略、国民性とも決して無関係ではない。イスラエルは国民の長期的な健康と安全を守るため、自国を「Experimental Sandbox(社会的実験場)」にしている。砂漠の緑化や、ビルを使った壁面農業、海水の浄化、テルアビブ市内で他国のIT企業に自動運転車の走行実験をさせるなど、“リスク”を取る勇気があるのだ。

「イスラエルは文化的に開かれていて、柔軟性が高い面があります。思ったことを率直に語る文化もあります。もちろん、それには一長一短あるでしょう。複雑になり過ぎたり、無秩序な場合もあったりします。それでも、既成概念にとらわれることなく、みんなで解決策をすばやく考える━━。大事なのはこれです」(ハルバーソル)

イスラエルを訪れると、しばしば聞く言葉がある。「Sense of urgency(危機感)」と「Think outside the box(枠の外で考えてみよう)」である。起業家やベンチャー投資家のようにリスクを取ることが仕事の一部である人々からはもちろん、タクシーの運転手や店員、学生といった市民からもこれらの言葉を耳にする。兵役がある同国では、ヒエラルキー(階層)の象徴とも言える軍隊であっても、盲目的に命令に従うということはない。明らかに不合理である場合は、上司にさえ意見する文化がある。

規律と、より良いアイデアを組み上げて組織に貢献する━━。これは両立するのだ。カギはヒエラルキーを意識的になくすように努め、イノベーションが起こりやすい開かれた環境を作ること。そして、試行錯誤を繰り返しながら、アイデアを短い周期で実行すること。
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文 = 井関庸介

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